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2008年の高円寺20000V、ビートたけしを流した夜

突如として舞い込んだDJの依頼

今から15年ほど前のこと、僕は当時大学生で、高円寺にある20000V(二万ボルト)というライブハウスにしょっちゅう通っていた。
このライブハウスはパンクやハードコアといった激しい音楽をやるバンドが主戦場としていることが多く、自分もそういった音楽が好きで、週末はよくイベントに出向いたり、時折自身の組んでいたバンドで出演させていただいたりもした。

ある時友人である亀山くんから、「今度自分のバンドの企画を20000Vでやるから、DJをやってくれない?」と頼まれた。
亀山くんはその頃ライブハウス界隈では「亀山スーザン久美子」というペンネームで活躍しており、みんなからは「スーザン」という愛称で慕われていて、現在でも「suzan」として活動している。
彼のバンドもご多分に洩れず、パンクやハードコアの影響を受けた激しいバンドで、当然企画に出演するバンドもみんなそういった激しさを持つかっこいいバンドばかりだった。
DJといっても、ステージに上がり、観客の前でパフォーマンスをするわけではなく、バンドとバンドの間、いわゆる転換の最中に、店内に流す曲を選曲するのが仕事だ。
とはいってもそういった顔ぶれの中で、自分のような普通の大学生がDJをする、しかも場所はパンク・ハードコアの聖地20000V、果たして僕に大事な企画のDJが務まるのだろうか…?
そんな不安が頭をもたげてきたが、友人の頼みであり、何より自分を選んでくれたことを光栄に思い、とにかく全力でやらせてもらうことを伝えた。

選曲のテーマ

DJ自体初めての経験だったので、これまで自分が見てきたイベントでのDJたちはどんな曲をかけていたのか、思い返してみた。
どのDJもイベントの雰囲気に合う曲、客層や出演するバンド、彼らに何か共通するものを選びながら、イベントの流れやテンポなど考慮し、音楽をかけている。
知っている曲が流れると嬉しそうにしたり、時に口ずさんだり、ステップを軽く踏んで踊ったり、酔いも手伝って、転換中でも間断なく流れる音楽は、自然と、無意識的に観客を飽きさせないような仕事をしているように感じた。考えれば考えるほど難しく、プレッシャーがかかる。

パンクというと皆さんはどういったイメージをするだろうか。
見た目は鮮やかなカラーリングのヘアスタイル、モヒカン、スキンヘッドにスパイキーヘア、美しいタトゥーやスタッズのついたベルト、破れたジーパンにガーゼシャツ、革ジャンとブーツ、ギラギラとしたアクセサリー、ライブは高速のテンポにヘッドバンギング、乱れるモッシュピットにダイブ、突き上げる拳に叫び声、これらすべてのイメージが20000Vには詰まっていたし、これらすべての共通点は間違いなく「気合いが入っている」ということだった。

ではDJには「気合いは必要」なのだろうか?
答えはもちろん「気合いは必要」なのである。
手を抜いたら最後、イベントにそぐわない音楽をかけようものなら大ブーイング、出演バンドのモチベは急低下、イベントは台無しになり、主催者の亀山くんの顔に泥を塗り、ライブハウスは出禁、DJと言えども、一歩間違えればこれほどまでの危険性を秘めていることは容易に想像できた。
ますますプレッシャーがかかる。

家にあるCDやレコードたちとにらめっこしながら選曲を考える。
出演バンドも改めて見ながら、どういうテーマで曲絞るべきなのか。
初期パンクでまとめるか、いや80Sハードコア縛りにしようか、はたまた日本のパンクで攻めるべきか、メロコアは違う?スカやロカビリー、サイコビリーは?ノイズやパワーポップ、これらすべてを含めたハイブリッドで行くべきなのか?
次第に何となくではあるが、イベントに合うような音源が絞られてきて、これならイベントを壊すような選曲にはならないのではという糸口が見えてきた。

(しかしなぜ亀山くんは、自分よりこの手の音楽に精通している人が山ほどいる中で、自分を指名してきたのだろう…)

一瞬そんな疑問が頭をよぎると、今自分がまとめかけていた音源すべてが間違いであるような気がしてならなかった。

(果たしてこの選曲は気合いが入っているのだろうか?見た目は地味で普通の大学生、ある意味そのイベントでは浮いた存在の自分が、よくあるような選曲をして、イベントを壊さないようにと慎重にこなす姿は気合いが入っているのだろうか?)

答えは否、これでは亀山くんの期待にまるで応えていない気がしてならなかった。
他のバンドと同様、DJである自分も気合いを入れて勝負をしなくてはならなかった。
そして僕は自分のレコードを今一度見直すとハッとした。
一枚のレコードを手にし、「これだ…!」と今回のテーマにようやく気がつくことができた。

そのテーマとは「ビートたけし」である。

えっ?ビートたけし?

そうビートたけしだ。

中学生の頃から僕の憧れ、僕のヒーローであるビートたけしで、亀山くんの企画に、20000Vに乗り込む!
これこそが自分にできる最も気合いの入ったDJのあり方だった。

散々雰囲気を壊さないようにや共通点だの流れだの考えてきたのにも関わらず、まるでイベントやそこで演奏されるであろうバンドの音楽と合わないようなテーマを選ぶこととなった。
正直言って自分自身でもこれはかなりのギャンブルではあったが、80年代に出してきたビートたけしの数々の楽曲は、実はかなりロックンロールで、観客を踊らせたり、時にはうっとりさせ、宇崎竜童に「たけちゃんの声はロッド・スチュワートなんだよ」と言わしめたハスキーボイスは、20000Vでも通用するのではないか…?そんな思いつきが、何よりあの場所でビートたけしをかけるとどんな化学変化が起こるのだろうという楽しみを後押しし、DJをする怖さを上回ってしまった。

決まってしまえば後はやるしかない。
観客に大ブーイングを喰らい、亀山くんにも絶交され、高円寺から追いやられる、それも覚悟の上、思い切り開き直って当日会場に向かった。

ビートたけしを20000Vでかける

各バンドが順番にリハーサルをしていく。
やはりどのバンドもかっこよく気合いが入っている。
すべてのバンドが終わったところで、DJである僕も簡単なリハーサル、音出しをすることになった。
僕はバッグから7inchのシングル「抱いた腰がチャッチャッチャッ」を取り出し、ターンテーブルに乗せた。

ビートたけしのハスキーボイスが会場に響く。
「思いきりろくでなし~♪」

(どうだ…?)

すぐさま反応を示したのは亀山くん。
「おおお!」
手を叩きながら大笑いし、僕のところまでやってきた。
「やばい!最高だわ!」
僕は今日のDJテーマ「全曲ビートたけし縛り」を伝えると、快く承諾してくれて、応援してくれた。
これだけでも自分としては十分だったが、20000Vのスタッフの方々からも「おまえは馬鹿だ」と笑いながら最高の賛辞をいただけた。

(これはいける…!)

たしかな手応えとともに、僕のプレッシャーはどこかへ消え去り、いざイベントの本番へ向かう。

まずはアップテンポな曲を中心に、会場をしっとりさせないように気をつける。
「BIGな気分で歌わせろ」は初期の傑作。

「BIGな気分で歌わせろ」は1stアルバム「おれに歌わせろ」の1曲目に収録されている。

観客はおそらくビートたけしと気づかず、かつての邦楽ロックとでも思っている様子。
何の違和感もなく20000Vでビートたけしが鳴り響いている。

セカンドアルバムからは立て続けに2曲を流す。
「SUNSHINE」、「ONENIGHT SHOW」

同じボーカルの曲が連続して流れていることにだんだんと気づくお客さんも出てきて、こちらまで何をかけているのか、ジャケットを見に来る。
「え!ビートたけし」と驚くお客さん、その驚きは「こんなかっこいい曲歌ってるの?!」と拡大解釈できるほどに反応はいい。

イベントは進み、1バンド目、2バンド目と出番を終えていく。
僕も少し変化が欲しくなり、少しうっとりするようなロマンティックな曲をかけることにした。

「ポツンと一人きり」は寂しげな歌詞に、叙情的で切ないメロディーが特徴の曲だ。
明るくはないが、かるくステップが踏めるくらいのダンスポップの要素もあり、夜のライブハウスには持ってこいではあるが、今回のイベントでかけるにしては少々勇気がいる。
お客さんの反応を伺うと、曲終わりに、両腕にびっしりとタトゥーの入った眉毛のない、モヒカンのおじさんがこちらに来た。僕は思わずいろんなことを覚悟したが、「兄ちゃん、いい曲かけるね」と何とビールを差し出してくれた。

(これは通じる!ビートたけしはパンクスにも通じるぞ…!)

松坂大輔的にいうと自信は確信に変わり、僕はどんどん攻めることにした。

「アミダばばあの唄」は大人気バラエティ「オレたちひょうきん族」のキャラクター、明石家さんま扮するアミダばばあのテーマソングで、タケちゃんマン(ビートたけし)とのデュエットソング。
作詞作曲は桑田佳祐だ。
怪しげな夜のムードが20000Vに蔓延し、ひょうきん族世代のおじさんパンクスたちが笑いかけてくれる。

テレビ番組繋がりで「天才たけしの元気が出るテレビ!!」から「I’ll Be Back Again」を流す。
ビートたけしと松方弘樹のデュエットソング。二人のコーラスワークと何とも言えない振り付けがお茶目な楽曲だ。

ツービートから「俺は絶対テクニシャン」。
かなりふざけたテクノポップの曲だが、作曲は遠藤賢司。
石野卓球もカバーしている。

曲自体は会場を盛り上げている感じは皆無だが、ジャケットを見たおじさんが、「これ!松下進のイラストじゃん!懐かしい!」と手に取ってくれたりして、会話が弾む。

イベントも終盤、最後の流れは「OK!マリアンヌ」から「哀しい気分でジョーク」。

サビの「OKマリアンヌ」のシンガロングはまさかの歌える観客もいたり、終盤のクラップは自分で煽ったりなんかもしてみた。

「哀しい気分でジョーク」は同名の映画の主題歌。
映画は哀しい映画なのだが、この曲は明るく、たけし軍団のコーラスワークもコミカルでかわいい。
アップテンポだがキーボードとギターの鳴らす音色が流れ星のように、キラッと光っては消え、この曲の切なさも醸し出し、イベントの終盤にはかなり合う曲だ。

そしてラスト、これははじめからラストと決めていた曲「四谷三丁目」。

アルバム「浅草キッド」の11曲目に収録されている

ビートたけしの作詞作曲で、歌い上げるたけしの声が前面に押し出され、ボーカルとしてのたけしの魅力が個人的には一番際立っていると思うロックナンバーだ。グレート義太夫のギターもかっこいい。

終わってみればビートたけしの楽曲は雰囲気を壊すどころか、かなり好意的にお客さんに迎えてもらい、もちろんイベント自体も楽しく、最高の形で幕を閉じた。

終了後、KIRIHITOというバンドの早川さんに声をかけていただき、ビートたけしのDJをすごく褒めてもらえた。早川さんは元々20000Vの店長だった人で、パンクに留まらず、さまざまな音楽やサブカルチャーに精通する人で、「俺たちの時代の憧れというのは、アントニオ猪木、ビートたけし、あとはスターリンかな?笑」と冗談混じりに言ってもらえてかなり嬉しかった。
ビートたけしはパンク、ロックに留まらず、世代を超えて、あらゆる場所で戦うことができるんだなと、ファンとしてはかなり嬉しい思いだった。

その後、DJをする機会はなく、もしかしたら実は顰蹙をかっていたのかも?しれないですが、この時高円寺20000Vで、友人のイベントを通して、ビートたけしを流すことができたのは本当にいい経験だった。感謝。

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