見出し画像

【編みlog】無くてもいい、形あるもの

気が向いたときに、
編み物の練習をちまちまのんきにする。

片手に三國真理子さんのエッセイ集
『編めば編むほどわたしはわたしになっていた』を同じように
ずずずと啜るだけで減らないお茶飲みの
ペースでのそのそと読み進めていく。

「うまく世界と関われなかった
 長い年月の後で、
 わたしは本という形で
 自分を世界に手渡した」と

初出版を振り返る三國さんのお言葉。

熱を帯びたこの言葉の一撃に
気づくよりも前に
胸の奥をつらぬかれた。
私の脳裏で常時忌々しくも
胡座をかいているメンタルの腫瘍たちも
その純度の高い熱で溶かされ
しばらく沈黙するほど。

うまく世界と関われずに、
世界と交信するための言葉に飢え、
その飢えに突き動かされるがまま
もがいて躓いたままの
私に深く入り込む言葉だ。

でも私は
今でも自分の暗号、世界の暗号を
解けずにいる。
通じる言葉を話す方法を
見つけられていない。

さすらいの旅人のような強さもなく、
腰巾着の小物を全うとする粘り強さもない。
どこにいたときも場違いで置いてけぼり。

痛ましくなってどうしようもなくなって
誰に向けたものでもない
「お幸せに」を土に埋めて
痕跡を残さず処分して立ち去る

遠くからモヤ越しに後ろの痛みを眺める。
人間の顔をして、
大鉈の正論暴論を振り回して
私や私たちの生まれたての言葉を
すかさず殺害することを何かしらの是とする
正しい大人たちには
一体何を捧げたら終わりだったのだろう。

もがいて失敗。
立ち上がって失敗。
「はい、喜んで」も失敗。
歯の食いしばり戦略失敗。
守りたいものが惨めに壊されて失敗。

今日も私は言葉を探して、
コロコロと転がっている。どんぐり。
森の深くへ行こう。
好きで踏んでいる
拍子外れのワルツのリズムを
ケタケタ笑う声が消えるところまで。

と、こんな調子で、
編み物がうまくいかずに焦っていると、
過去のトラウマの竜巻が
頭の中で吹きすさぶことがある。

じっと堪えて、針を刺す。

世界とうまく関われない私も
言葉を何より欲していた。

しかしこれまでいかなる言葉とも
出会えなかった私は、
編み物で言葉を見出したいと
期待する気持ちを持ち合わせていないようだ。

じっと堪えて、
飛ばした編み目まで糸を一気に解く。

見えない傷にいたぶられながらも
なくても全くもって問題ないものたちを
ちまちま編み上げる。

形はあるけど、全然なくてもいい。
求められていないけど。
実在が場所を取ってしまう

そんな私は世界からはみ出しているけれど、
そんな私が編むものたちは私に
アプリオリな大好きを胸中より湧かせる。

この気持ちが充足する関係性は
上記にて成立。
その充足にとっては
私と世界との関わりの状態に依存しない。

うまく人里に寄り添えずに憎まれた
怪物が討伐されるとき、
ぼやけた雛菊一輪を見て、きっと
じんわりと暖かい気持ちに
なれたんだと思う。


お読みくださりありがとうございました☘️🌈 初めての方、あなたに出会えて嬉しく思います。フォロワーの方、いつも見守ってくださってありがとうございます。 共感できるところや、心の琴線に触れるところがありましたら、ぜひ応援の気持ちを届けてください。心が温まります❤️🌟