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【短編連載・不純情小説】リバーサイドマルシェ①

 多香美と出会ったのは、小さなバーだった。飲み屋街のメインストリートから細い道に入った奥に古びたテナントビルがあり、細い階段を上がった2階にそのバーはあった。
 7席のカウンターとテーブル席がひとつという小さな店だ。カウンター席の正面は壁一面が広い窓になっていて、まばらに立つ裏通りの街灯を見おろすことができた。

 この出会いが何年前だったのか、俺は正確に答えることができない。結婚したのはおそらく27年か28年前だろうと思う。結婚記念日は覚えているが、もし結婚した年を誰かに聞かれたら、どこかにしまった結婚式の写真でも探し出して日付を確認しなければならない。スピード婚と言われてもいい進展の早さで、付き合って半年で俺は多香美にプロポーズをし、さらにその半年後に二人で婚姻届を出した。しかしそれが28歳の時だったのか、29歳の時だったのかが正確に思い出せない。20代のうちにどうにか駆け込むように結婚できた、そう胸を撫で下ろす心境にあったことを覚えている。

 俺は当時、常連として5年近くその店に通っていた。運河に浮かぶゴンドラの水彩画が一枚壁にかかっているだけの飾り気のないバーではあるが、その分気楽でいられるせいか、女性の客も少なくなかった。どこかの地方の訛りのある50過ぎのマスターの素朴さが、女性客に安心感を抱かせているのかもしれなかった。
 多香美は同性の連れと二人で、月に一度くらいの頻度で店に来ていた。カウンターには座らずテーブルにつくことが多かった。ときどき、年上らしい実業家風の男性を一人加えて、三人で楽しそうに談笑していることもあった。

 俺が多香美に声をかけたのは、多香美が店にくるようになって一年ほど経った頃だ。

つづく 1/7
©️2024九竜なな也

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