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【短編連載・不純情小説】リバーサイドマルシェ⑦最終回

 夫婦の生活は子供を中心に回った。いつのまにかふたりとも煙草を吸わなくなっていた。子供たちは逞しく育ってくれた。今はもう、みんな親元を離れて自立している。

 数年前から俺は、かなり頻繁に、ひとりでこの川辺に来るようになった。
 早朝のリバーサイドマルシェは今も続いており、この町の観光スポットとして広く知られるようになったが、俺が寄り道する夕暮れの時間帯は、この辺りはひっそりとしている。
 俺が時々ここに来ていたことは多香美には話さなかった。ふたりが出会った日のことを鮮明に覚えているのは、悔しいことがあったり、寂しさが募るとその度にここにきて、こうしてあの日の回想に耽るのが俺の気分の整え方だったからだ。
でも、この回想も今日で終わりにしよう。

 久しぶりに煙草とライターと吸い殻入れを買ってみた。煙草はずいぶんと値段が高くなったものだ。異物を肺に吸い込む心地よさは覚えていたが、一本吸うと頭がぼうっとなった。俺はもう吸えないと思い、箱を無理矢理ねじってポケットに突っ込んだ。
 後ろの方から声が聞こえて俺は振り返った。手をつないだ老夫婦がこちらに向かって歩いてくる。歩きやすそうなお揃いのスニーカーを履き、小さなショッピングバッグを男性が手にさげている。老夫婦は穏やかな笑い声を聞かせながら、俺の前を通り過ぎていった。
 ふたりが遠ざかるのを待って、俺はもう一度ポケットから煙草の箱を取り出し、ねじれを直してから抜きとった一本に火をつけた。

 多香美と出会った裏通りのバーは、今はもう建物ごと取り壊されてしまい、その一帯は空虚なコインパーキングになっている。
 再開発の波に抵抗してかろうじて残っている、あの飲屋街のメインストリートへ行ってみよう。還暦に近づく男があの通りをひとりでぶらつけば、年甲斐もなく、みっともないと思われるかもしれない。
それでもいいさ。俺は自由だ。

                  (完)©️2024九竜なな也

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