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【創作】草生えるw 1/5【小説】

■前書き

◆オリジナル創作
◆令和式底辺プロレタリア小説風駄文
◆5章予定
◆主人公が中々結構なクソ野郎

■本編 第一章 月曜日

◆平日の朝は最悪だ。
起きた瞬間、状況を理解した瞬間に絶望に襲われる。
これから11時間の間、何も面白いものはない。何も楽しい事はない。何も愛しい物はない。心が死んでいくのをただそこに存在しながら感じるしかない魔の11時間。
いや、本当に俺はそこに存在しているのだろうか?
存在している必要はあるのか?

しかも今日、今は月曜日の朝である。
ただの平日の朝ではない。
5日続く苦痛の始まりの日である。
汝、一切の希望を捨てよ。

◆俺の名は「幌別(ほろべつ) 曽我(そが)」

それ本名かだって?
…どうでもいいじゃないか。
そう、名前なんてどうでもいい。
自分の意志が全く反映されていない、他人が勝手に意味深ぶって付けただけの記号だ。たまにこんなものに思い入れを込めたりプライドをかける奴がいるが全く気が知れない。

特に月曜の朝にそんな事は全くもってどうでもいい。
睡眠も食事も削って確保している何よりも大事な「時間」をこれから11時間ドブに捨てるのだ。

仕事はまあ、つまらない。
自分にとっての面白味も関心も湧かない。
それは別にいい。
仕事とは自分のためではなく、社会に必要な事をして、代わりに金を貰う事だからだ。
自分がつまらなかろうが、納得行かなかろうがそれは構わない。
好きを仕事にするとか言うのは、他人の迷惑にならずに実現しているなら別に良いと思うが、大体破綻していると思う。

ただ、仕事に8時間捧げる必要は無いだろう。
週5日働かなくて良いだろう。
全員同じ時間に出社する必要は無いだろう。
そもそも大体は出社する必要も無いだろう。
出社したとして、ブロイラー顔負けのすし詰め配置をする必要は無いだろう。

ああ、土日はあんなに美しいと思った青空が、職場の窓から見えると憎たらしく恨めしく、呪わしい。

◆足りない。圧倒的に足りない。
サービス残業とサービス飲み会を命に代えても拒否している俺のような者でも足りない。
楽しむための時間が。
24時間しかない1日で、仕事に9時間、通勤2時間、これだけで11時間。
ここから睡眠に8時間捧げたりしたら残る時間はたったの5時間だ。
もう、食事や風呂や身嗜みに割く時間などはない。

だから朝の食事は豆乳飲料とストレス対策のビタミンCタブレットを職場の机でとって終わりだ。
ストレス対策に乳酸菌飲料も良いかと思ったが、酸の刺激で胃が動き出して面倒くさいからやめた。
ビタミンCも酸味を抑えられるといいのだが。
朝食の用意と片付けに割く時間はない。割く意味もない。
空腹にはなる。なんなら腹も鳴る。
だがどうでもいい。

昼は近場の公園なり何なり、とにかく外で食べる。
気の休まる僅かなプライバシーすらない職場の中で食うのも過ごすのも嫌だ。
昔は気晴らしを兼ねて昼にカフェに入ったりもしていたが、3ヶ月くらい前からもうやめた。
カフェで使っていたのは俺の金だ。
どうせまた午後には曇る気を自腹で晴らして何になる?
糞みたいな思いをして稼いだ金を自分の機嫌を取るのに焚べて、それで金がなくなってまた稼がなければいけなくなる。
これでは、ただの糞の堂々巡りだ。
それは狂わないための小さな努力だったが、もういい。
どうせまたすぐ沈むと分かっている気分なら浮上させなくていい。

◆公園にちょっとした異変あり。
快適に昼休みを過ごすため、昼休憩になったら無駄話などせず、即公園に向かい、ベンチを陣取る事にしている。
しかし、今日は公園のベンチに異変があった。
ベンチの置かれている土の地面から踝丈の青々とした芝?が生えている。
シャーレの中のカビのコロニーのように円形にかたまって生えた青芝に地面はかなり侵食されている。
土が見えている面積の方が小さいのだ。

そもそも本来ベンチ下に芝は敷かれていない。
裏手の芝生広場から侵食してきたのだろうか?
先週末に来た時にはこんなではなかったはずだ。
週末に一気に生えだしたのだろうか?
そう言えば、…朝、通勤路で桜が咲き始めていたのを見た。
ここは関東の都市部で今はまだ3月上旬だと言うのに。

ベンチに座るとズボンや靴下に伸びすぎ青芝がチクチク刺さって痛い。
草むらに触れるのはダニなんかにたかられそうで嫌だ。
仕方がないので公園内の土のない場所へ移動する。
職場のある高台へと続くコンクリート製の階段に移動して尻が汚れそうで嫌だがそこで休む。

昼食と言ったが、これも完全栄養を謳うパック式の置き換え食を飲んでそれで終わりだ。
腹が減っているからこんなものでも美味いのが腹立たしい。
この美味いと言う快感は、リスク丸投げで都合のいい部分でだけ自分を操っているモノの意志にかなった行動をしたという証だ。
呪わしい。

残り時間は35分。
異変のお陰で少ない少ない自由時間が減った。
まあ仕方ない。
残りの昼休憩の時間は趣味のSNSやブログに使う写真の加工や文章を書くなどして過ごす。
こんな所でそれをやっても全然リラックスもできないし、体がしんどくて楽しくも無いが、一応今は仕事中ではなく、自由時間、休憩時間なのだから、とにかく私的な事をして、仕事や職場から少しでも心を離したいのだ。

◆陽はまた落ちる。
午後、ひたすら心を殺して仕事をする。
それが終わるともう日は落ちている。
やっとなれた自由の身で見ることができる空は真っ暗だ。
人生の中の大切な1日が、仕事の為のみに終わった事を毎日のように理解させられ、絶望する。
泣きたくなる。
3ヶ月くらい前まで、仕事の行き帰りに音楽を聞いたり、美味いものを食べたりして気分を上げていたがそれもまたやめた。
無駄なのだ。
絶望でいい。狂えばいい。この気持ちは悪魔にでも食わせてやればいい。

日のある1番良い時間を全て仕事に拘束されているのはまったく異常だ。
屋内に居る事が悪い訳では無い。
通勤や仕事で日を浴びようが動こうが、それはストレスにしかならないのだから。
テレワークで外出時間が減っても体は壊さないが、通勤のストレスで体は壊した。
俺達を最低限、人間だと思っているのなら、日のある内に自由を返し、自分の意志で日を浴びて歩けるようにするべきだ。

◆ヒリヒリ痛い。
通勤就労中の11時間の間、つまらなくてつまらなくてつまらなかった心がヒリヒリと、ネットから自分の関心ある情報を得ることを、漫画から楽しい気持ちや愛着を、ゲームから報われる世界に身を置くことを求めている。
だが、まだだめだ。

帰宅後、手を洗い、シャワーを浴びる。
シャワーの間に急ぎモードで洗濯した服を雑に干して、それから食事。

食べるのは、1食くらいはまともに食べないといけないだろうと思い、木曜日夕方に1週間分作って冷凍した肉入り温菜サラダだ。
これをレンジで温めてサプリと共に食べる。

しゃらくさいw

何がまともに食べなきゃだ。
別に健康に拘ってる訳でも、長生きしたい訳でも無いのに。
ガチで死のうとすると本能ストッパーがかかって死ねないだけで、生きたい訳では無い癖に。

単に闘病で時間と金を奪われる気は無いので一応の健康対策をしているだけで、実際、いざ病気になったら延命も、仕事に加えて治療をしながらの人生も望まない。
これ以上楽しみが減るならもう人生は結構だ。
なんの価値も無い。
それなら手遅れで見つかって痛み止めを打ちながら終活し、死ぬまでの間好きな事だけして、ひとりで死んで行きたい。
どうせ病気で苦しんで死ぬ事自体は、命と同時に押し付けられた宿命であって、不可抗力なのだ。
老衰なら楽とかポックリ死なんてファンタジーだ。
老衰てすら衰えた体で苦痛を黙って口に出さず、家族や周囲に合わせて生きた挙げ句、ついに起き上がることもできなくなって死ぬだけなのだ。
生きてるだけで丸儲けは大嘘で、生まれたときから大負債が正しい。

◆漫然と口に物を運ぶ。水を飲む。
口に温菜サラダを運びながら死んだ目でネット、ゲーム、漫画を4時間くらい貪る。
何か事件が起こってネットが騒然とし、情報が飛び交って居る日は幸いだ。
情報中毒と化している脳に甘美な刺激が供給される。
今日はSNSを中心に植物の急成長が話題になっていた。
ああ、昼の公園のアレや通勤中に見た桜は全国区だったようだ。

◆ 人 間 は 決 し て 尿 意 に は 勝 て な い。

これは真理である。

ベッドに寝転びながらネット、漫画、ゲーム。
ああ、今は楽しくて暖かい優しい揺り籠の中。
魂が癒やされる。
片付けと歯磨きをしなくてはいけないが、この空間から出たくない。

こうなると分かっているので、夕食?と共に水を大量に飲む事にしている。
食後、1、2時間で尿意を催す。
幸せも何もかもぶっ飛ばす。尿意だ。
そこで立ち上がり、温野菜サラダのタッパーを掴んで台所へ行く。
箸は割り箸。この夕食?で出る汚れ物はタッパー1つ。濯いで洗剤水を張って木曜まで置いておく。
やらなければいけない事を減らし身軽にする。
立ち上がれなくなるリスクを減らす。
そしてトイレに行き、終わったら歯磨きをする。

これで今日のノルマは終わり。後は寝れれば寝てもいいが、寝れないのだ。眠れない。
脳がまだまだイジケてスネて楽しさを要求している。

再びジャンクな興味を貪る事にする。
運が良いと、4時間くらいでやや正気に戻ってやっと趣味のインプットだけでなくアウトプットができるようになる。
そこから2時間くらい趣味の活動をしたら、帰宅後もう7時間程経っている。

◆睡眠に8時間なんて割いてはいられない。
ちょっと前に不眠の話題や記事がネットで流行っていた。
皆眠れないのだ。それはそうだ。
思うに、人間の脳は一定の楽しさの刺激を受けて納得しないと眠れないのではないかと思う。
つまらない11時間を過ごしたのなら、楽しい時間も11時間は欲しい。
仕事以外に何もない1日なんて腐っている。
だから必死で自分が楽しいと思える時間を確保する。
他の全ての事から時間を削ぎ落として。

温野菜サラダは木曜夕方に安い根菜と葉物野菜とプチトマトと肉を買ってまとめて1週間分作る。
根菜は雑に小さく切ってオイル煮にして油を含ませれば冷凍できるのだ。
肉が安く買えれば茹でて入れるが、買えなければノンキ・ホーテで売っている一缶80円のツナやミーバスケットで売っている300g300円のソーセージを細切れにして詰める。
葉物野菜も茹でて細切れにして他の具材の隙間に詰める。
食べる時にレンジで加熱するとプチトマトがトロトロになるのが丁度良い。

洗い物と床の掃除はこれが済んてからまとめて行う。
他の日は基本行わない。
普段と違う事をして、どこかを汚せば片付けの手間も当然に発生するのだ。
だからとにかく余計な事はしない。汚さない。
人らしい生活も糞もない。
こっちはサバイバル中なのだ。

◆近ごろの若者は人生のネタバレをされるせいで仕事に一生懸命になれなくて可哀想だだの、出会いがなくて可哀想だだの見当違いな事を勝手に嘆くばかりか、なんとかしてあげようと余計な手出しまでしてくる輩には本当に本当に○んで欲しい。

可哀想なのはバラされたネタがクソだと言う事だろう。
ネタをバラされずに叶わない夢を叶えようと俺達に無駄な事をさせて嬉しいのは俺達自身じゃないだろう。
そもそもやり甲斐だの妻だの子だのが欲しいなんて言ってはいない。
金は欲しいが、それは他人にお膳立てされたバブリーな贅沢をしたいからではなく、金のために嫌な奴から逃げる事もできずに働き続けなければいけない身分から開放されるためだ。

人にお膳立てされなければ、自分が何を求めているのか、何が自分の楽しみなのかも分からないのはあんた達で、俺らじゃない。
楽しい事はある。
例えその時無くとも、時間さえあれば自分でいくらでも見つけられる。

足りないのは、飢えているのは、子供の頃から今までずっとあんた達が取り上げて来たその時間だ。
ひとりで楽しみも見つけられず職場や他人に寄りかかりたいのは俺達じゃなくてあんた達自身だ。

これ以上あんた達の下らない見当外れの思い付きで俺達の時間を奪わないでくれ。
楽しみはある。奪われているだけなのだ。
大きなお世話だ。
この上奪うな、食すら捨てて確保しようとしている貴重な貴重な時間を。

◆奴隷制度は生産性が下がってだめだともう分かっているはずなのだが、それでもまた夢見がちな馬鹿者が繰り返す。
少しでも頭が回る奴隷なら、その奴隷は働かなくなる。
自分ではなく自分から搾取する奴のためにしかならないのに、働いたり次世代の奴隷の生産に懸命になる訳が無い。
更に、頭が回らない馬鹿な奴隷がはっちゃけ出して社会の生産性も合理性も地に落ちる

総生産力が落ちれば自分達も結局損をする事になるのに無能に搾取手段の入れ替えだけを工夫して奴隷を持つ事をやめない。
まあ、得てして上に行こうとする人間は頭と言うかナニカが悪い。
馬鹿と煙はの喩えが生まれた時代から人の中身は進歩しちゃいないのだ。

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