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HAGEWAN!

「なにこれ、どう言う事よ!どうして秀二兄さんが、こんな…」

大きく立派で古く、しかし傷んだヶ所が放置され、それが目立つようになった洋館の広間。
頚と胴の数ヶ所が杭のような物で刺されたように穴が空き、血まみれになって倒れている…そして、それだけではなく、数十匹の小蜘蛛に集られ食い荒らされている兄、秀二の遺体を見て新井 真紀子(25)が叫んだ。
勝ち気な性格と動揺が共に声音に現れていた。

「さあな?落ち着けよ。お前は本当に一々うるせえな。」

固太りの巨躯にぴったりフィットしたオーダーメイドスーツを着た新井家の長男、新井 輝一郎(35)が葉巻を銜えながら横柄に話した。

「ちょっと、兄さん!灰皿もないこんなところで葉巻はやめてよ!」

「うるせえ!この家の主人に女が物言ってんじゃねえぞ!灰を落とされたくなきゃお前がさっさと灰皿持って来い!」

「ただの田舎の小金持ちが、男だ長男だって大威張りしてて馬鹿みたい!
それで通用してたのなんて、父さん達の代までよ!
昔はともかく、今は家で何か商売してるわけでも無く、過疎化が進んだこんな田舎の土地を持ってるだけ。
しかもどんどん切り売りしてて、もう買い手の無い山とかしか残ってないのに、兄さん一人だってもう一生安泰とかじゃ無いのに!」

「このアマ!」

輝一郎が銜えていた葉巻を真紀子に投げつけた。

「あっつぅ〜いっ!」

しかし、その葉巻は真紀子に当たらず、ヨレたデニムの上下を着たノッポのひょろい男に当たった。

「な、なんだ!お前は!!」

いきなり家の中に現れた赤の他人に狼狽える輝一郎。

「俺かい?俺はな…」

「名探偵!HAGEWAN!!(35)」

「は?」

「は?
いや、それよりアンタも銜えタバコ!
やめてよね!
煙とか灰もだけど、火事になるでしょ!!」

「あー、ハイハイ。
そりゃそうですねっと。」

HAGEWANと名乗った男は自分が銜えていたタバコと輝一郎が投げた葉巻を拾って携帯灰皿に捩じ込んだ。

「そんな訳で、探偵として被害者を検死しましょうかね。
…フム…
なんかに刺されて蜘蛛に集られて食われてますな…
これは…」

「「これは?」」

「蜘蛛の怨恨による犯行に間違いないでしょう!
お二人共心当たりは?」

「馬鹿か?このハゲ!?」

「何しに来た何なの?この全体的にド短髪の癖に頭のてっぺんから前髪方面だけ毛足の長い怪しい男は!!」

「ヒドイ!よくそんな的確に人の弱点エグるね君!!」

「もういいこの馬鹿!とっとと失せろ!」

輝一郎がHAGEWANに向かって広間の机の上にあったグラスを投げつけた。

「いった〜い!」

間延びした悲鳴的な物をあげるHAGEWAN。

「アンタ、出てって頂戴!出口はこっちよ!」

真紀子がHAGEWANの腕を掴んで強引に広間から連れ出した。

「アンタほんとに何なの?何しに来たの?
まあいいわ、私は逃げ出せて助かったから。
ちょっとだけ付き合って?
もう一人ピックアップしてから私の車で街まで行くわよ。
ほんと、こんなところ帰って来るんじゃ無かった…!」

HAGEWANを引っ張りながらズンズン歩いていた真紀子が階段下に作られた扉を静かにノックした。

「真奈?寝てる?起きて?真奈…?」

小声でドアの向こうに語りかける真紀子。
やがてドアは小さく空いた。

「お嬢様…。
こんなところに来てはいけません。
旦那様に叱られてしまいますよ。」

「何言ってんの!?
その旦那様が死んで、遺産相続の話するために帰らされたのに。
今度こそ一緒に行くのよ、真奈。
相続放棄は東京に帰ってから弁護士に頼むわ。」

「お嬢様、真奈はお嬢様と一緒に行けません。」

「何言ってんの!?あの輝一郎兄さんが主人になったのよ!?
自分で何もできない癖に威張り散らすのは超一人前で…」

「あいつらが外に出してくれませんから…」

ドアの外に出て来た古式ゆかしいメイド服の女の子、進藤 真奈(16)。
大分若いが、この家で働いているらしい。
彼女は廊下の先、暗闇を指さした。

「ヒッ!」

気の強い真紀子が短い悲鳴を上げた。
真奈の指差す先に数百匹は居そうな小蜘蛛の大群が居たからだ。

「大丈夫ですよ、お嬢様。
何もさせませんから。
…急いで出口へ向かって下さいね…」

「ああ、そうだね。
大丈夫、あいつら寄って来れないから。
だから君も一緒に行くんだよ。」

「「え?」」

いつの間にやらHAGEWAN、真紀子、真奈の前にシベリアン・ハスキー風の仔犬が仁王立ち、蜘蛛共に唸っていた。

「グルルルルル…!」

どうしたことか、ウロウロと怯え、近寄れない様子の小蜘蛛達。

「犬の声は邪気を払うからね。
あいつら、俺の相棒の影さんが怖くて近寄れないのさ。」

「影さん?あのハスキーっぽい仔犬の事!?
いつの間に家に入ったのよ!?
アンタもだけど!
さっき居なかったじゃない!?」

「影さんなら、ずっと俺と一緒に居たは居たけどね。
それより早く行こう。
この家はもう普通じゃない」

「普通じゃないのは前からよ。
でもそうね、行きましょ。
真奈、勿論アンタもよ。」

戸惑う真奈は真紀子とHAGEWAN、影さんに急かされ出口まで連れてこられた。

「あ、待って!待って下さい!!
ドアは私があけますね…
皆さんは下がっていて下さい…」

そう言った真奈を制し、

「いやいや、運動と言ったら犬の散歩しかしてない運動不足中年な俺だけど、女の子を矢面に立たせたりしないさ。
大丈夫だから任せてね。」

と言いながら前に出たHAGEWANが扉を開けた瞬間に大きな杭のような物がHAGEWANの胴体を貫いた。

「キャアアアアア!」

「ああ…」

真紀子と真奈が対照的な声を上げる。

ドア上の辺りの壁から地面にドスンと何か大きな物が落ちた。
それは下半身が蜘蛛そのものになった輝一郎だった。
HAGEWANを刺したのは彼の足だ。

「オイ、何許可なく勝手に出て行こうとしてんだ、女供!?
お前らのこの家の女なんだから、女の勤めを果たして貰うぞ?」

HAGEWANの体越しにニヤリと嫌らしく笑った輝一郎の顔が見えた。

「いって〜な〜…
アンタほんと、人殴るのに躊躇無い人なんだよね。
ふ~ん…」

弁慶の立ち往生状態になっていたかと思われたHAGEWANが喋った。
いつの間にか腹に空いた風穴も塞がっている。

「な、なんだお前は!?何もんだ!?」

「自己紹介はさっきしたでしょーが。
この世の綻びを解決するために現れる、名探偵HAGEWAN!!
って事で、犯人はお前だ!!」

「何に対する何の犯人だよ!?
つーかな、今もう犯人とか言ってる場合か!?」

呆れる蜘蛛怪人、輝一郎。

「どんな時も俺にはこれがお仕事ですんで。
って事で影さん、お捌きよろしく!」

「お捌き?裁きじゃないのかよ…って、グギョオホホアガッ!!」

巨大化して真っ黒な影そのものになった影さんに輝一郎は文字通り「捌かれ」た。

「どっちでもおんなじようなもんなんでね。」

………

「ごめ〜ん、お・ま・た!」

「一々オッサンくさいわね…
ってちょっと、真奈は!?」

自分の車の助手席に一人で乗り込んで来たHAGEWANに真紀子が怒り混じり不安混じりの声をかけた。

「本人のご希望により、ビニールにくるんでトランクの中に…」

「…!
は!?
アンタ、何言っ………」

「死んでからそれなりにに経ってるし、迷惑かけたく無いってさ。
連れ出してくれてありがとうお姉さんって言ってた。」

「…やっぱり…
…真奈、…殺されたんだ…
あいつらの内、誰に…?」

「秀二だね。
前当主の愛人だった母親に捨てて行かれて、この家の男三人から奴隷にされていた真奈ちゃんは、君が家を出た後、まず秀二を唆して輝一郎を殺し、死体を蜘蛛だらけの朽ちかけた納屋に放置した。
遺言を書かせて用無しになった父親を秀二が始末して、秘密と妊娠した真奈ちゃんが重たくなった秀二に真奈ちゃんは殺された。
その後、怪異化した輝一郎に秀二が殺された。」

「だから、一緒に逃げようって…」

「そうだね…」

「…自分が生贄になって、私を逃し…」

「…どうだろう、復讐したかったのかもよ…?」

「……」

「この後、適当な街に着いたら俺の事降ろして警察に行ってね。
それで人の手を離れた世界の綻びはまた人の手に戻る。
俺の仕事はこれでおしまい。」

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