乳児と二人きりで新幹線移動したときの話

息子がまだ0歳だった頃。
何度か二人きりで実家に帰った。

実家までは新幹線で2時間半。
いま思い出してみても
かなり緊張を強いられる旅だった。

はじめて二人きりで
帰省することを決めたときは、
ネットであれこれ調べたり、
先輩ママの友人に助言を求めたり、
かなり万全の体制で臨んだ。

新幹線に乗る前に
授乳とオムツ替えをすませる。

乳児と新幹線に乗るなら、
時間の融通がきく自由席がおすすめ。

そのためにいつも平日の昼間、
比較的空いている時間帯に
乗るようにしていた。

未就学児は自由席無料なので、
わたしと息子で2席確保できる。
とは言え、まだ息子はじっと
座っていられるわけではないので
わたしが通路側に座り、
窓側の座席の前に
「落下防止装置」として
折り畳んだベビーカーを押し込む。

息子は窓側の席で、
つかまり立ちをしたり、
転がってみたりと、
案外自由に過ごしていた。

たまには泣くこともあったけれど
デッキに出てあやしてやると
たいていそのまま寝入ってしまい、
それほど困り果てることもなかった。

何度目かの帰省を終え、
自宅へ戻る新幹線でのこと。

その日は少し混んでいて、
1席しか座ることができなかった。

隣席にはスーツで身を固めた
サラリーマンとおぼしき男性。

息子は泣くことはなかったけれど
つかまり立ちブーム真っ只中で、
わたしの膝の上で、
わたしの両肩をわしっとつかんで、
ひたすら屈伸を繰り返していた。
そりゃもう、ひたすら。
延々、延々。

降車予定の終点駅が近づいて、
突然、隣席の男性に声をかけられた。

「荷物、下ろしましょうか?」

わたしが荷物棚に上げていた
大きなマザーバッグ。
男性はそれを軽々と持ち上げて
下ろしてくれた。

お礼を言いながら、
息子の落ち着きがなくて
ご迷惑だっただろうことを
お詫びすると、男性は言った。

「いいんですよ。
僕も子供がいるのでわかります。
お一人で大変だったでしょう」

え?神?神さまなの?

この世界には、
こんなに親切でやさしい人がいる。

ささやかなことかも知れない。

だけど、わたしはこの男性の
行動と言葉に救われた。

息子がいなければ
声をかけ合うこともなかった
やさしい人。

わたしと息子は街に出て
この男性のようなやさしい人たちに
幾度となく支えられ、救われてきた。

そのたび名前も知らないこの人の
顔も声もきっと忘れてしまう、
でもこの出来事は忘れない、と
自分に誓ってきた。

いまはお礼を言うことしか
できないけれど、
きっとわたしも息子も
だれかにもらったやさしさを
また別のだれかに
返せるようにしようと決めた。

この世界に、
やさしい人が一人でも
増えるといいな。

だから、わたしと息子も
やさしい人になる。

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