乳児と二人きりで新幹線移動したときの話
息子がまだ0歳だった頃。
何度か二人きりで実家に帰った。
実家までは新幹線で2時間半。
いま思い出してみても
かなり緊張を強いられる旅だった。
はじめて二人きりで
帰省することを決めたときは、
ネットであれこれ調べたり、
先輩ママの友人に助言を求めたり、
かなり万全の体制で臨んだ。
*
新幹線に乗る前に
授乳とオムツ替えをすませる。
乳児と新幹線に乗るなら、
時間の融通がきく自由席がおすすめ。
そのためにいつも平日の昼間、
比較的空いている時間帯に
乗るようにしていた。
未就学児は自由席無料なので、
わたしと息子で2席確保できる。
とは言え、まだ息子はじっと
座っていられるわけではないので
わたしが通路側に座り、
窓側の座席の前に
「落下防止装置」として
折り畳んだベビーカーを押し込む。
息子は窓側の席で、
つかまり立ちをしたり、
転がってみたりと、
案外自由に過ごしていた。
たまには泣くこともあったけれど
デッキに出てあやしてやると
たいていそのまま寝入ってしまい、
それほど困り果てることもなかった。
*
何度目かの帰省を終え、
自宅へ戻る新幹線でのこと。
その日は少し混んでいて、
1席しか座ることができなかった。
隣席にはスーツで身を固めた
サラリーマンとおぼしき男性。
息子は泣くことはなかったけれど
つかまり立ちブーム真っ只中で、
わたしの膝の上で、
わたしの両肩をわしっとつかんで、
ひたすら屈伸を繰り返していた。
そりゃもう、ひたすら。
延々、延々。
降車予定の終点駅が近づいて、
突然、隣席の男性に声をかけられた。
「荷物、下ろしましょうか?」
わたしが荷物棚に上げていた
大きなマザーバッグ。
男性はそれを軽々と持ち上げて
下ろしてくれた。
お礼を言いながら、
息子の落ち着きがなくて
ご迷惑だっただろうことを
お詫びすると、男性は言った。
「いいんですよ。
僕も子供がいるのでわかります。
お一人で大変だったでしょう」
え?神?神さまなの?
*
この世界には、
こんなに親切でやさしい人がいる。
ささやかなことかも知れない。
だけど、わたしはこの男性の
行動と言葉に救われた。
息子がいなければ
声をかけ合うこともなかった
やさしい人。
わたしと息子は街に出て
この男性のようなやさしい人たちに
幾度となく支えられ、救われてきた。
そのたび名前も知らないこの人の
顔も声もきっと忘れてしまう、
でもこの出来事は忘れない、と
自分に誓ってきた。
いまはお礼を言うことしか
できないけれど、
きっとわたしも息子も
だれかにもらったやさしさを
また別のだれかに
返せるようにしようと決めた。
この世界に、
やさしい人が一人でも
増えるといいな。
だから、わたしと息子も
やさしい人になる。
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