【連載小説】金をする男と愛をはく女【第十九話】
第十九話 推し問答
俺は刺された悟へと近づき傷口を確認する。苦しむ悟の姿に一瞬目を反らしそうになったが、俺が感じた違和感は確信に変わった。
「おい!悟!しっかりしろ!」
「お、俺はもう…あとは…」
弱々しくしゃべる悟を俺は一喝した。
「よくみろ!お前は刺されてない!」
「へッ?」
悟が刺されたと思われた下腹部から手を放すと、溢れでているであろう血は一滴も出ておらず、狂気を纏っていた彼女の包丁にも血は付いていなかった。
「淳平さん!あんたもグルなのか?!」
俺はいまだに状況は把握できていなかったが、安心感よりも怒りのほうが上回っていた。
「淳平は関係ないよ!」
美来が口を開くと、叶もうんうんと頷いていた。
「どういうことなんだ?俺らに対する仕返しみたいなものなのか?!」
ストーカーまがいの行為をした俺達に対する罰みたいなものか、俺は冷静になろうと考えを巡らせたが答えにたどり着くことはなかった。
「えーと、状況がカオスだから一から話すしかないか…」
美来の言葉にうんうんと頷く叶に対し、不服そうな表情で彼女達を見つめる雀。俺達はテーブルの前に集まり、この状況に至った経緯を聞くことになった。
「最初にストーカーのことなんだけど…」
美来が話始めると、すぐさま雀が割り込んでくる。
「そもそも、叶がいけないんだろ!」
雀が叶を責め立てる。
「ちょっと!私が話してるんだから…」
話を仕切り直す美来。今の状況だけみると、美来と叶対雀の構図に思えた。
「まず、ストーカー疑惑のきっかけとなった掲示板なんだけど…結論からいうとあれをアップしてたのは叶なの」
「えっ?じゃあやっぱり自作自演?」
俺達は素直に思ったことを聞いた。
「ほらな!そう思われちまうだろ!」
いまだに口の悪さが目立つ雀が言い放つ。
「自作自演っていうか…」
美来が口ごもると叶がにたにた笑いながら答える。
「自作自演じゃないデス!あたしが勝手にやったことデス!」
「それが自作自演ってことなんじゃ…?」
「推しを応援することが自作自演なんデスカ?」
俺達にはよく理解ができなかったが、その空気を感じてか雀が話に割って入ってきた。
「ようするに叶は根っからの美来オタクのストーカーなんだよ」
「そんな言い方しないでよ!」
雀の言い分に美来がフォローする。
「ああ、つまり叶さんは美来を仕事仲間としてではなく、いちファンとして推していると」
淳平の言葉に対し、力強くうんうんと叶は頷く。
「私は応援してくれるのは嬉しいし、画像をアップするぐらい問題ないんじゃないかと思ってたんだけど…」
美来の言葉に雀が反応する。
「そんなこと言ってるから叶が調子に乗って…」
「調子になんて乗ってないデス」
「はぁ?居もしないストーカーを匂わせたり…まぁあんたがストーカーだしね…」
「あたしはストーカーじゃないデス」
「はぁ…もういいわ…」
叶の凛とした態度に呆れてしまう雀。
「ということはストーカーの被害に合ってるっていうのは?」
ヒートアップしている雀に恐る恐る聞いてみる。
「そんなの叶が勝手に発信してるだけに決まってるでしょ!美来を応援するのはいいけど、もう少しグループのことも考えてよ!」
「ああ、居もしない美来のストーカーを作りあげて、同情を誘うって算段か…」
曇った表情で話を聞いている淳平。
「でも、ほら、実際ストーカーが居なくて良かったじゃん。私もちょっと気にしすぎるところ合ったから叶のおかげで安心できたというか…」
美来も話ながら複雑な表情を浮かべている。
「じゃああの縦読みも?」
縦読みの話題に触れるとまた雀が捲し立てる。
「そう!あれもなんなの!?叶にSNSを任せっぱなしなのは悪いけど、あれじゃほんとに自作自演じゃない!こんなのがバレたら私達は炎上して終わりよ…」
確かに一時の話題になるかも知れないが、偽装の事件を作り出すのは達が悪いだろう。
「雀はほんとにそう思ってるんデスカ?」
未だに凛とした態度の叶を鼻で笑うかのように雀は答える。
「そんなの決まってるじゃない!」
強い口調ではあるものの、雀は少し涙ぐんでいる。彼女なりに色々考えていたのだろう。
「私だって美来のこと好きだし、叶だって一緒に地下アイドルで上を目指してやっていこうって…三人で頑張ろうって…」
雀の頬には堪えていた涙が流れていた。
「やっときたメジャーデビューの話も…美来のソロで…それでも私は嬉しかった…一緒にやってきた美来が認められたことで、私も美来の一ページに加われた気がして…」
メジャーデビューの話は美来だけの条件だったのだと初めて知った。
「それに…三人の中では私が最年長だし…今回で踏ん切りが付いてたのに…」
美来も泣いていた。何故か悟も泣いていた。浮かない表情の淳平。冷静な素振りを見せているのは俺と叶だけだった。
「結局私は自分だけのことを考えてたのかな…なんかもうどうでも良くなってきちゃった…」
「それで今回のことは…」
俺は今回のまとめに入ろうとした。
「今回は危機感の無い二人…特に叶に解ってもらいたくて、過激だけどオモチャの包丁で脅かしてやろうと…まぁ今冷静に思えば何やってんだ私って感じだけど…」
雀に最初の勢いはなく、アドレナリンが無くなったのか小柄な体がさらに小さく弱々しく見えた。
「そうだったんですね…」
静かな空気が部屋を漂うなか、叶が淳平にスマホをすっと見せると浮かない表情から何かを決心した表情へと変わった。
「…五秒後にここから出る、黙ってついてこい」
淳平はそういうと静かにカウントダウンを開始する。
「えっ?」
俺は訳が解らずにいたが、カウントは進んでいく。四、三、二、一。
バッと勢いよく立ち上がり部屋を飛び出す淳平に俺も反射的に付いて行く。
叶以外の、三人は何が起こったかわからずにただ呆然と座っていた。
続く
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