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【連載小説】金をする男と愛をはく女【第十三話】

第十三話 消えない傷痕


 

目が覚めた俺は泣いている母親に怒られながらも優しく抱きしめられた。咄嗟に払いのけようとしたが、母親の体が小刻みに震えているのに気付き抵抗するのを止めた。
その後は退院に向けての説明と段取りを医者に説明され、俺は特に問題無く退院した。俺が退院するまでの間に美幸に会うことは無かった。

俺は美幸のケガのことが気になっていたが、聞くことも聞かされることも病院にいる間は無かった。

退院する日。体は絶好調だったが、心はそうでなかった。美幸のことが引っ掛かってしょうがなかった。どういう感じで会えばいいんだろう。最初になんて声を掛ければいいんだろう。

そんなことを考えているうちに家に着いてしまった。母親が運転していた車から降りると、見慣れた家がいつもより暗く感じた。

「お母さんこのまま買い物行くから、美幸ちゃんと留守番よろしくねー」

美幸居るんだよな。いつもより重く感じる玄関の扉を無言で開ける。家の中も暗く感じる。というか実際に電気が一個も点いていない。

もう夜なのに家の中は真っ暗だった。美幸がいるはずなのだが。リビングの電気を点けてもそこに美幸はいない。

俺はとりあえず自分の部屋へとむかう。俺が部屋の扉を開けた瞬間だった。

ぱーーん

大きな破裂音が耳を貫いた。俺は咄嗟に手で顔を守ると、ぱっと電気が点いた。

「退院おめでとー」

顔を守った手の隙間から見えたのは、パーティーで使うような三角の帽子をかぶりひげ眼鏡をつけた美幸の姿だった。

「お、おう」

「リアクション薄っ!」

「なんでひげ眼鏡?」

「お祝い事はひげ眼鏡でしょ!」

「そうなん?」

「なんとなく雰囲気で!」

「そっか、はは」

緊張が解け、少し心が軽くなった気がした。格好は普段とは違うが中身は俺の知っている美幸だった。
他愛の無い会話を交わしているうちに、あの日の話になった。

美幸は俺を助けようとし、突き飛ばされたときにガードレールにぶつかり右目の上を深く切ってしまったのだと。吹き出る大量の血を見た男達はそのまま逃げていったらしい。

そんな話を美幸はケラケラ笑いながら説明してくれたのだが、俺にはとても笑えなかった。
そんな俺を気にもせず楽しかった思い出の話をするように話続ける。

「それから先に言っとくけど、絶対謝らないでね」

そう言うと美幸は前髪をあげて右目の上にできた傷痕を俺に見せた。眉の上から目尻にかけてバッサリと
生々しい傷痕が残っていた。俺は絶句してしまった。

「隠して後々みられたりしたら嫌だからさ」

「ごめ」

ぱっと美幸は手で俺の口を抑えた。

「悪いのはイチローじゃないから」

「それにこれはイチローが死なないですんだ証として語り継がれるんだよ」

誇らしげな顔でそういう美幸を真っ直ぐには見ることはできなかった。

「それと映画は絶対また観に行くからね!観ないままじゃなんか負けた気がするからさ!はい、これでこの話は終わり!」

強引にまた映画を観に行く日を決めた。その後は母親が用意してくれたいつもより豪華な夕飯を食べ、いつもより明るい二人の笑い声が俺のいつもを遠く感じさせた。

数日が経ち、二度目の映画の約束は叶うことは無かった。美幸のお母さんが倒れたという連絡がありそのまま美幸はお婆ちゃんの家に行き、それっきり帰って来なかった。

学校も転校し、それから美幸に会うことも連絡を取ることも無かった。気にはなっていたが、俺が自ら連絡をとろうとすることはできずにいた。その後、母親から美幸のお母さんが亡くなったことを聞いたときに俺はとてつもない無力感を感じた。

そんな記憶も薄れ、普通の高校生としての生活を送っていた俺のスマホに知らない番号から電話が掛かってきた。当時の俺はバイト先の人かと思い電話にでると美幸だった。

「久しぶりーイチローだよね?元気してる?」

あの日以来の美幸の声だ。ただ、以前のような明るい感じではなかった。

「あぁ、久しぶり」

俺は一瞬であの頃の記憶がフラッシュバックし、後ろめたい気持ちになっていた。

「いきなりだけど、直球で聞くね」

「あぁ、どうした?」

「中学生なのになんで100万持ってたの?」

俺は心臓を叩かれたのような感覚と同時に瞬時にあの日ことを思い出した。

「えっ、あれは…」

言葉に詰まる。

「あたし今どうしてもお金が必要なの。どうやって稼いだのか知りたくて」

美幸の声は何か追い詰められているように感じた。俺は正直に話そうと思った。そしてお金が必要ならいくらでも出そうと。

「信じられないかも知れないけど、俺が金を刷れるんだよ」

俺は真面目に正直に金を刷れる能力のことを話したが、美幸のリアクションは薄かった。

「やっぱ言えないようなことしてるってことなの?」

やはり俺の話は信じてもらえずに、善からぬことで得たものだと思っている。

「いや、さっき言ったことがほんとに本当なんだよ。いくら必要なんだ?」

「わかった。イチローの言うことは本当だとしてもイチローから借りたり貰ったりは絶対にしない。あたしはお金の稼ぎ方を知りたかっただけだから。」

美幸は悲しいような怒っているような口調だった。

「変なこと聞いちゃってごめんね。じゃあね」

電話が切れるプッという効果音は、美幸との繋がりも完全に切れたことを暗示しているようだった。

続く

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