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流行るお店と背骨の関係

 感受性はそれぞれ

 感受性というものはなかなか表からはわかりにくく、自分自身が何が好きなのか?どういうときに自分は〇〇という反応をするのか?そういったことさえもなかなかわかりにくいです。身近にいる家族でもそういったことはありまして、「あれ?何で今日はこんな反応をするんだろう?」って思ったりします。たまたま機嫌が悪いだけなのかもしれませんが、それさえも確認することは簡単ではありません。

 たとえばたいへん流行っているおしゃれなカフェがあったとしましょう。どうしてそのお店にみんなが行くのか?というのにはそれぞれに理由があるようです。ある人はコーヒーが美味しいといい、またある人はケーキがかわいくていいと言います。またある人は○○と言うメニューがお得感があっていいと言います。または好きだと言いながらもあんまり通って来ない人と好きとか何にも言わないのに毎日毎日飽きるまで通って来る人もいます。お店の好みひとつとっても、その人に刺さる部分やその表現の仕方が異なるのです。

 コーヒーの風味は、カップの素材や色に影響される:研究結果

 コーヒーの風味は、カップの素材や色に影響される:研究結果

英オックスフォード大学などの心理学者は、カップの素材や色、手触りがコーヒーへの印象をどう左右するかを研究している。5種類の素材が、それぞれコーヒーの知覚をどう変えるかみてみよう。

 コーヒーの味もコーヒー自体の問題だけでなくカップの問題もあるという研究です。

オックスフォード大学の実験心理学教授のチャールズ・スペンスによると、消費者がコーヒーをどう知覚するかはたいてい主観的なものである

 消費者が商品をどのように感じるかは主観的なものであるということです。先のカフェの例でもそうですが、流行っているお店はお店自体の売りもそうですが、それ以外の価値観を消費者の方がそれぞれ異なったものを持っているかもしれません。

  さらに

重量に注目したコーヒーの研究はまだ行われていないが、ほかの飲み物や食べ物の包装の調査では、パッケージが重いほうが高品質と思われやすいことが明らかになっている。

と、しています。

 背骨からわかる感受性の違い

 この研究対象になった人はおそらく腰椎2番の感受性の高いタイプの人だと思います。腰椎2番の感受性の高い人たちは色彩感覚に優れています。キレイな色やかわいいキャラクターも大好きです。この人たちはおしゃべりをすることが大好きですし、食べることも好きです。そう考えますとカフェで何人かで集まってケーキセットなんかを頼んでぺちゃくちゃおしゃべりしているのはこういうタイプの人です。お店からしてもありがたい存在ですね。

 腰椎2番の感受性が高い人は好ききらいも激しいです。しかし理由は特にありません。「え~っ、好きだし~」とか「何となくキライなものはキライ」といった感じでわからない人にはほんとうにわかりません。まるで宇宙人のように感じられる人もいるかもしれません。

 腰椎2番の感受性が高い人はなんとなく華やかです。暗い部屋、暗い雰囲気、殺伐とした場の空気も腰椎2番の感受性が高い人がひとりいるとパッと明るくなります。それはオフィスに咲いた一輪の花のようです。

 器にこだわる

 器にこだわるという意味で言いますと腰椎1番の感受性が高いタイプの人もそうです。腰椎1番の感受性が高い人はおしゃれなカフェではおしゃれなカップで飲みたいというタイプです。お店の雰囲気に合ったカップにこだわります。おしゃれと一言で言っても落ち着いた雰囲気なのか、それともどちらかというとオープンな雰囲気なのかによって異なります。

 「普通この店の雰囲気なら陶器でしょう」とかいうのは腰椎1番タイプの人です。この人は本を読んだり文字に対する感受性も高いタイプです。誰かから話を聞くより文字から入る方が理解しやすいようです。

 腰椎1番の人にはコーヒーのうんちくやお店のコンセプトやこだわりなどを冊子やポップにして見せておくとほおっといても伝わります。

 腰椎2番の人にはそうはいかないのです。腰椎2番の人は色合いや絵などを使うとより伝わりやすいです。


 感受性も反射行動

 わたしたちは好きなものやキライなもの、嗜好品に至るまで自分の好みは自分だけのものだと思っていますが背骨の感受性からある程度の分類されます。自分が好きだと思っていることも単に背骨の問題だったりするのです。仮にあなたが腰椎2番の感受性が高いタイプだったとしましょう。その人が腰椎1番の人のようにふるまうと身体も精神も壊れてきます。もちろん反対のパターンの場合でも同じです。となりにいる人が自分と同じ感受性を持っているとは限りません。「ふ~ん、そんな人もいるんだなぁ。」というふうに知っていることで寛容にもなれますし、こちらも消耗しないで済みます。知ることは優しくもなれますし、身を護る術にもなるかもしれません。

 本日もお読みいただき、ありがとうございます。

読んでくださってありがとうございます。とてもうれしいです。