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注目の気鋭クリエイター加藤拓也の映画『ほつれる』~不安定な心の揺れ~

画像(C)2023「ほつれる」製作委員会&COMME DES CINEMAS

演劇、ドラマ、映画と横断的に活動している今注目の気鋭クリエイター加藤拓也の2本目の映画。1作目は『わたし達はおとな』(2022年)。妊娠をキッカケにすれ違っていく若い男女の物語で、過去と現在の時間を交錯させながら脆く壊れやすい人間の心のあり方を巧妙に描いていた。テレビドラマ『きれいのくに』にしても、岸田戯曲賞を受賞した劇団た組の『ドードーが落下する』にしても、人間関係が脆く揺らいでいる世界を加藤拓也は描き続けている。安定した関係などというものはなく、気持ちよく感動したり、共感してスッキリする場面もない。いつもどこか不穏で、モヤモヤしていて、不安定で、変わり続ける男女の微妙な台詞のやり取りがスリリングに描かれる。 今放送しているMBSの深夜ドラマ『滅相もない』は、巨大な穴が町中に突然現れるシュールな演劇的実験作だが、それぞれの人間が抱えているモヤモヤが次々と語られ、巨大な穴に入っていく不思議なドラマだ。 この『ほつれ』という映画もある種の知的で演劇的な会話劇である。

最初から最後まで出ずっぱりの門脇麦の台詞や表情の微妙な変化で、一緒に暮らしているパートナーである 田村健太郎との関係、不倫関係の恋人の 染谷将太との関係、空気感が描かれる。友達の黒木華との会話からも揺れ動く門脇麦の心理が描かれる。パートナーである田村健太郎との関係も決して単一ではない。冷え切っている夫婦関係ではあるのだが、夫婦でプレゼント交換をする場面ややり直そうとしている夫の思いを受け止めようとする門脇麦の思いも描かれている。しかしそんな夫と過ごす時でも、恋人である染谷将太と過ごした時間のことが入り込んできてしまう心の揺れ。感情はひとつではない。人間の複雑で曖昧な感じがちゃんと描かれている。

乗り物が効果的に使われている。恋人とグランピングに行くために電車の車内で待ち合わせ、二人で乗っていく場面やその帰りの電車、あるいは友の黒木華と車に乗って墓参りに行くシーン、そして失くした指輪を探しに一人で車を運転する場面。移動を繰り返し、外の流れる風景を見ながら、門脇麦の心理がそれぞれ移ろっている。小さな「ほつれ」が少しずつ積み重なって、ほころびが広がっていく。表面的な笑顔や優しい言葉の裏側に潜んでいる嫉妬や無関心、そして悪意。一方、夫である田村健太郎といる時間は、移動場面がない。部屋の中での会話がほとんどであり、その色調も暗い。旅先の飛行場の喫茶店も移動場面は描かれないし、モデルルームなど二人がいるのは閉じられた室内空間ばかり。ラストは、そんな閉鎖的な家を出て門脇麦が一人運転する明るい光のなかで車を走らせる後ろからの移動撮影で映画は終わる。乗り物などの移動がどんよりとした日常から抜け出す変化として描かれている。

死んだ恋人の妻と向かい合う場面、妻の顔は一切映さず、向かい合う門脇麦の顔だけが映し出される。冒頭の夫婦の会話も、夫は一瞬寝姿が映るだけで、声だけが門脇麦の出かける姿にかかっている。恋人と別れた直後の染谷将太の事故場面も、電話をしながら現場を見る門脇麦の混乱を中心に描いている。事故に遭った染谷将太の姿は映さない。夫の母親が子供の世話をしに家に来ている場面も、玄関の靴だけでそれを表現し、門脇麦が自室に籠って寝てしまうところだけを描く。子供も一切出てこない。起きている状況や他者の姿を分かりやすく描くのではなく、門脇麦の心理にあくまでもフォーカスして写すカメラが効果的だ。余計な他者は描かない。

グランピングのちょっとオシャレで自然そのものと向き合っていない感じとか、そこでの二人の距離感(決してベタベタな恋関係ではない)とか、帰りの電車で「お昼食べてく?」「誰かに会わないかな?」みたいな何気ない二人の会話とか、飛行場で戯れる二人とか、夫婦でモデルルームを見に行った時のよそよそしい感じとか、台詞そのものよりも仕草や立ち振る舞いがリアリティに溢れている。そんな男女の複雑で微妙な機微を描いていて面白い。息子の指輪を見つけて門脇麦に指輪の意味を聞く恋人の父親役の古舘寛治も好演。子供の染谷将太に向き合えなかった父親の人との距離感。それは理路整然と優しく話すが、どこか冷たい夫役の 田村健太郎の人との距離感とも通じ合っている。不倫関係だった時はうまくいってた二人も、理解できない相手の行動の小さな「ほつれ」が広がって、うまくいかなくなる男女の関係の難しさが描かれる。感情や思いをストレートにぶつけ合えない、傷つけたくも傷つきたくもない相手を気遣う距離の取り方が現代的だと思う。


2023年製作/84分/G/日本
配給:ビターズ・エンド

監督・脚本:加藤拓也
エグゼクティブプロデューサー:松岡雄浩、定井勇二
チーフプロデューサー:服部保彦
プロデューサー:松岡達矢、宮崎慎也、澤田正道
撮影:中島唱太
照明:高井大樹
美術:宮守由衣
編集:日下部元孝、シルビー・ラジェ
音楽:石橋英子
キャスト:門脇麦、田村健太郎、染谷将太、黒木華、古舘寛治、安藤聖、佐藤ケイ、金子岳憲、秋元龍太朗、(声)安川まり

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