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『SUPER HAPPY FOUEVER』 五十嵐耕平~海の向こうに~

画像(C)2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz

この映画に三宅唱監督が賞賛コメントを寄せていたので観てみた。監督の五十嵐耕平は、東京造形大学にて、諏訪敦彦監督に師事。未見だが『息を殺して』がロカルノ国際映画祭で上映されたり、ダミアン・マニヴェルとの共同監督作品『泳ぎすぎた夜』が第74回ヴェネツィア国際映画祭で上映され、外でも評価されつつある若手監督だ。彼のことは知らなかった。出演者もほとんど名前を知らない役者ばかりで予備知識もないまま観た。

シャンソンで有名なシャルル・トレネの名曲「ラ・メール()」に、ジャック・ローレンスが英語詞をつけてラブソングにした楽曲「Beyond the Sea」、ボビー・ダーリンが世界的にヒットさせ、誰もが聴いたことがある名曲が映画のなかで何度も繰り返され、そのイメージが映画全体の多幸感をもたらしている。

<ネタバレありますので、ご注意ください。>

の彼方へ思いを寄せるこの歌は、妻の不在とその思い出とともに、の彼方をいつまでも見続けるしかない男の物語である。が見えるホテルの部屋から始まる。伊豆にある辺のリゾートホテルだ。男二人でやって来た。幼馴染みの佐野(佐野弘樹)と宮田(宮田佳典)だ。5年前もこのホテル泊まったらしい。

浜辺を歩く佐野が誰かと電話をしている。出版社から「佐野の妻の凪が撮影した写真が送られてこない。佐野さんから凪さんに連絡を取ってもらえませんか?」という奥さんの仕事に関する電話だった。すると佐野が突然、携帯電話を海へ投げる。電話相手の声は会話の途中で海へと放り投げられる。携帯電話の相手の声なので、本来は聞こえるはずのない映画的に増幅された声である。このシーンにまず驚かされた。投げる理由もわからないし、そのアクションが唐突すぎたからだ。そして浜辺を歩く家族の子供が被っている帽子を、「それ君の帽子?」といきなり佐野は聞き、「当たり前じゃないですか」と父親に怪訝な顔をされる。佐野は赤いキャップを探しているらしい。ホテルのフロントで「5年前に失くした赤のキャップがないか」と尋ねる。放り投げられた声、海、そして失くした赤のキャップ。これが映画のテーマとなる。

「SUPER HAPPY FOUEVER」というふざけたタイトルは、佐野の友人、宮田が入っているセミナーの名前だ。宮田は観光客の女性2人組と同じセミナーに通っていることで意気投合する。小指にはめている指輪がそのセミナーの徴らしい。そのセミナーに通い、指輪をしてから幸運が続いているというスピリチュアルなサークル。宮田はホテルの浴室で倒れている老人を助け、「これで二人目だ」と言い、ボクシングの相手の動きも見えるようになって勝ち続けているようだ。佐野は女性から聞かれる。「シンクロニシティって感じたことありますか?」。佐野は妻と出会ったときのエピソードを語る。ある女性が携帯電話を落としそうになって、落として持ち直す瞬間に、それを偶然見ていた佐野と凪が二人同時に「あっ」と言った。そのことがキッカッケで、二人は出会い結婚した、と。特別な二人だけの瞬間。そして最近妻が死んだことを伝える。セミナーに通っていない佐野は一人除け者にされ、突然、「Beyond the Sea」をカラオケで歌い出す。たいして上手くもないのに。そして途中でやめてしまう。ここではこの歌は唐突な感じがしたが、あとから歌った意味が分かってくる。

佐野の妻の凪が最近亡くなり、5年前に凪と出会ったホテルに二人は泊まりに来たらしいことが観客は分かってくる。そして赤いキャップは凪が被っていて、彼女が失くしたことも。夜のホテルへのタクシーでの帰り道、運転手が海を見ている女性の幽霊が現れる話をすると、佐野は突然不機嫌になり、暴力的になる。妻の死から立ち直れない佐野。赤いキャップにこだわり続ける。そんな佐野が「Beyond the Sea」の鼻歌を聴く。ホテルの部屋を清掃しているベトナム女性従業員がその曲を歌いながら仕事をしていた。ハイライトのメンソールのタバコで扉を少し開けて、その鼻歌を聴き続ける佐野。タバコもまた、凪との思い出のモノだ。そのシーンから、5年前のホテルの一室の凪(山本奈衣瑠)へと時制が変わっていく。この展開がいい。歌がつながっていくのだ。

そして凪は、カラオケ大会のリハーサルをしているベトナム人女性従業員の「Beyond the Sea」の歌を聴く。凪と佐野の出会いのシーンの特別な瞬間が描かれ、クラブに行った夜、二人でコンビニの前でカップヌードルを食べる。出来上がるのを待っている間、凪があの歌のメロディを口ずさむ。幸福感に満ちた二人の最高の瞬間とともにあった歌「Beyond the Sea」。海の彼方。

佐野からのプレゼントとしてもらった赤いキャップを失くした凪が、海辺を歩き回る。赤いキャップは佐野と重なり、佐野にとっても赤いキャップは凪そのものだ。佐野が夜に部屋を閉め出されて朝の海を眺めたように、失くなった赤いキャップの代わりに佐野は凪を求めて海を眺め続ける。ベトナム人の女性従業員に、「赤いキャップを見つけたら拾っておいて。いつかまた来るから」と凪が言っているシーンがあり、彼女がベトナムに帰っていく5年後の朝、あの海辺で赤いキャップを被って、凪がキャップを失くしたあの桟橋で、海を見ている彼女のバックショットで映画は終わる。歌がつながり、赤いキャップが時間を越えて、人から人へとつながった。そして海が広がっている。ただそれだけの映画なのだが、なぜか豊かで様々な思いが映像から感じられる。立ち入り禁止の朽ちた桟橋。その向こうの海を見ていることで、死者たちや人々の思いがつながっている。

そういえば、1000円で安く買った赤いキャップが商品棚にではなく、店の前の路上の落ちていた。もしかしたら商品でさえなく、誰かが落としたものなのかもしれない。そうなると赤いキャップはグルグルと人から人へと渡っていったことになる。ベトナム女性従業員が持っていた赤いキャップの見せ方もうまい。ロッカーにかけてあった鏡越しのショット。
余談だが、赤いキャップと言えば、三宅唱監督の『ケイコ 目を澄ませて』を思い出す。この映画で赤いキャップは、ボクシング事務会長の三浦友和から、岸井ゆきのに手渡されていた。これは偶然の一致だろうか。赤いキャップはグルグルとめぐる。


2024年製作/94分/G/日本・フランス合作
配給:コピアポア・フィルム

監督:五十嵐耕平
脚本:五十嵐耕平、久保寺晃一
企画協力:宮田佳典、佐野弘樹
プロデューサー:大木真琴、江本優作
共同プロデューサー:マルタン・ベルティエ、ダミアン・マニベル
撮影:髙橋航
照明:蟻正恭子
美術:布部雅人
録音:高橋玄
編集:大川景子、五十嵐耕平、ダミアン・マニベル
音楽:櫻木大悟
キャスト:佐野弘樹、宮田佳典、山本奈衣瑠、ホアン・ヌ・クイン、笠島智、海沼未羽、足立智充、影山祐子、矢嶋俊作

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