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ジャック・リヴェット『地に堕ちた愛 完全版』~現実と演劇の虚構が交錯する空間~

画像(C)1983 LA CECILIA (C)2018 Les Films du Veilleur

ジャック・リヴェットの映画は長い。脚本を削り込んで、テンポよく、見やすく分かりやすくするつもりがそもそもないようだ。やりたいこと、描きたいことがたくさんあるんだろう。いつも話が膨らんで、とりとめがなく、冗長な感じになる。それでもどこか魅力的なのは、物語そのものではなく、虚構と現実、演じていることの楽しさ、俳優たちの身振り、そのフィクションの冒険と謎をロケやセットも含めた長回しでカメラに収めることに面白味があるからだろう。現実に入り込む幻想、死。好きになったり別れたり、嫉妬したり、関係が入り乱れて、刻々と変わっていく男女の関係。この世に確かなものなど一つもないのだ、という考えが貫かれている。

ジャック・リヴェットが、1984年ジェラルディン・チャップリンとジェーン・バーキンを迎えて撮った演劇的映画。1974年の『セリーヌとジュリーは舟でゆく』の後半部分の謎の館で繰り広げられる演劇的世界に女の子たちが入り込む世界観と似ている。

冒頭、何やら人々が連れ立って古いアパートの階段を昇っていく。ある部屋に入ると、そこで演劇が繰り広げられているのだ。アパート内で観劇する不思議な演劇。2つの部屋を使いながら、2人の女性をかち合わせてしまって慌てて誤魔化そうとしている1人の男シルヴァーノ(ファクンド・ボー)、2人の女性と1人の男の3角関係の話のようだ。それを観ていた観客の1人が、その戯曲の作者クレマン(ジャン・ピエール・カルフォン)で、戯曲の最後を変えたところは良かったが、勝手に盗用されたと言い、3人を翌日、自分の屋敷に呼びつける。女優のシャルロット(ジェラルディン・チャップリン)とエミリー(ジェーン・バーキン)、そしてシルヴァーノ(ファクンド・ボー)は、クレマンから1週間後の日曜にこの屋敷で演劇を上演するから、出て欲しいと頼む。女優の2人はその屋敷に泊まり込むことになり、屋敷で芝居の稽古を重ね、演劇が上演されるまでの一週間の物語だ。ほぼ屋敷の中での閉ざされた空間が映画の中心になる。

最初の上演もそうだったように、男女の三角関係が物語の軸となるようだ。屋敷で上演されるのは、実際にいる2人の男クレマンとポールと1人の女ベアトリスをめぐる実話だという。ただ劇の結末はまだ決まっていない。その主役の女性ベアトリスをシャルロットが演じることになり、二人の男のうちの一人ポールをエミリーが男役として演じる。もう一人クレマン役をシルヴァーノ(ファクンド・ボー)が演じる。そしてエミリーが演じるポールという役は、実際にそこにいるのだ。つまり現実の3角関係の話を役者たちが演じることになる。演劇で演じられるフィクションと現実の関係が入り乱れてくるのだ。演劇の作・演出家であるクレマンと、消えてしまったミューズのベアトリス役を演じるシャルロットの男女関係が進展し、ポール役を演じるエミリーと実在のポール(アンドレ・デュソリエ)の男女関係が現実に進んでいく。虚と実の交錯。さらに自分たちが演じている舞台の幻想が突然見えたりもするのだ。演じている自分の未来の幻視なのか。マジシャンであるポールは、突然、手元から鳩を出して見せたり、劇場で透視マジックのショーを見せたりする男なのだ。ポールのマジックによる幻視なのか?彼女たちの幻想なのか?それもよく分からない。エミリーは幻視による「死の不安」に怯える。屋敷の中で鍵がかけられてあった部屋は、消えたミューズ、ベアトリスの部屋で、服もそのままに残されていた。その部屋に忍び込み込んだ二人はベアトリスに嫉妬する。男女の関係は複雑に変化し、波の音や森の音、コンサート会場の楽器の音合わせをする音など、物語に関係なく幻聴が突然聴こえたりする。

シャルロットは夜の街で酔っ払って、屋敷の庭の天使の像を壊してしまう。その翌日にこっそり破片を庭に埋めているときに、ポールに見つかり手伝ってもらいながら、二人で天使の破片を土に埋める。そしてポールはシャルロットを誘惑し、それをエミリーが見てしまう。シャルロットとエミリーの屋敷の階段での口論と争い。エミリーは怪我して額から血を流し、屋敷の使用人のヴィルジル(ラズロ・サボ)が今度は介護する。変わり続ける男女の関係。セリフを覚えられないシャルロットの代わりをエミリーが演じて稽古したりする場面もある。入り組んだ人間関係。

本番当日、屋敷には客たちが集まり、クレマンの案内で演劇がスタートする。その客の中に赤い服を着たベアトリスがいた。劇の進行の最中に決まっていなかった戯曲の結末が配られ、クレマンはベアトリスとの関係を修復しようとする。しかし結局はそれもうまくいかない。使用人のヴィルジルによって、庭の天使の像は新しいものに入れ替えられていた。

物語を要約するのは困難だ。簡単に言うと屋敷の主人のクレマン、消えた女ベアトリス、ポールとの3角関係の実話を、演劇でシルヴァーノ、シャルロット、エミリーが再現することで、クレマンがベアトリスとの復縁を迫るという話。舞台上で演じられる完成された演劇ではなく、現実の延長のような、現実と虚構が入り交じるような演劇を描いたというところか。タイトルは「地上の」。

ジャック・リヴェットの映画にあっては、いつも女優が美しく個性的に輝いている。本作のジェラルディン・チャップリンとジェーン・バーキンも魅力的だ。大きな屋敷の中の壁の色や調度品などアート的。階段や部屋が効果的に使われている。リヴェットは、演じるということに魅力を感じているのだろう。現実を演じるということによって、虚構と現実の境目が曖昧となり、迷宮の世界へと入り込みつつ、冒険しながら人生を楽しもうとしているところがある。


1984年製作/176分/G/フランス
原題:L'amour par terre
配給:マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム
劇場公開日:2024年4月19日

監督:ジャック・リヴェット
脚本:パスカル・ボニツェール、マリル・パロリーニ、シュザンヌ・シフマン、ジャック・リヴェット
撮影:ウィリアム・ルプシャンスキー、カロリーヌ・シャンプティエ
音楽:フランソワ・ブレアン
キャスト:ジェラルディン・チャップリン、ジェーン・バーキン、アンドレ・デュソリエ、ジャン=ピエール・カルフォン、イザベル・リナーツ、サボー・ラースロー

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