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時代劇『大菩薩峠』ダークヒーロー机竜之介のニヒリズム

©KADOKAWA1960

これまで時代劇はわりとスルーしてきたので、有名なものも見逃している。今回「大映4K映画祭」の一環として三隅研次の2作品が上映されたので観た。時代劇、やはり面白いのだ。大映京都撮影所の巨大オープンセットによる美術と照明とカメラ、職人たちによる映像技術は今や失われつつある。映画産業が巨大なエンタメ産業だった時代の栄華と夢。映像技術の粋が時代劇映画を見ると感じられる。

中里介山原作の『大菩薩峠』は、30年に渡って連載された長編大衆時代小説であり、戦前の1935年に稲垣浩監督、 大河内伝次郎 、応援監督に山中貞雄も入って日活で最初に映画化され、戦後の1957年東映で内田吐夢監督、片岡千恵蔵主演で映画化された。これが最も有名だが、そのわずか3年後、大映によって三隅研次監督、市川雷蔵主演で再び映画化されたのが本作だ。この後も、1966年岡本喜八監督、仲代達矢による東宝作品もある。何度も映画化されただけあって、物語は壮大で多彩な登場人物たちの歴史絵巻であり、ダークヒーローの机竜之助のキャラクターはユニークだ。本作も三部作となる大作の第一部である。

オープニング、大菩薩峠で娘と巡礼の旅をしていた老人を後ろから一刀のもとに殺してしまう黒紋付の着流しの男が机竜之介( 市川雷蔵 )、この映画の主人公だ。その非道さにまず驚く。なんの理由もない辻斬り。峠の上のロングショットが印象的であり、老人が持っていた巡礼の鈴が木の枝にひっかかる。娘のお松の泣き叫ぶ姿。そして机竜之介との奉納試合の相手となる宇津木文之丞の妹と偽る妻お浜( 中村玉緒 )が、お家存続のために「勝ちを譲ってくれ」と頼みに来る。机竜之介は「親兄弟の命にかかわるなら女の操も捨てられるか」とお浜に迫り、水車小屋で犯してしまう。まさに極悪非道の悪人である。奉納試合では、机竜之介の「音なしの構え」の前にたじろぐ 宇津木文之丞だったが、飛び込んで行って頭を撃たれて死んでしまう。

思いあがった机竜之介を「魔剣に堕ちた」と吐き捨てる父の 弾正(笠智衆)は、 兄の仇討ちを誓う文之丞の弟兵馬( 本郷功次郎 )に江戸の剣豪島田虎之助を紹介する。

夜の林での机竜之介と宇津木門下たちの殺陣が迫力満点だ。光と影の演出。シルエットになる机竜之介と反射して光る刀。霧もたち込める光の影の美しい立ち回りは、時代劇の名場面だろう。

お浜とともに江戸で暮らしていた 机竜之介、二人の間には男の子も生まれていた。また江戸で兵馬 ( 本郷功次郎 ) が雨宿りをする場面で、美しい女性になったお松( 山本富士子 )と出会うシーンもあり、様々な登場人物が複雑に絡み合っていく。

新選組の芹沢鴨に誘われて京都に行くと告げる竜之介に愛想をつかし、お浜は息子と一緒に心中しようと眠っている竜之介に刃を向ける。しかし逆上した竜之介は、林に逃げ込んだお浜を斬り捨ててしまう。兵馬からの果たし状を無視して京都へ行ってしまった竜之介。兵馬も新選組の 近藤、土方とともに京都に上る。

京都の遊郭でお松と兵馬の再会があり、新選組の宴会の席で芹沢鴨に近藤勇殺しを依頼される竜之介。その秘密の話を偶然聞いてしまったお松は、竜之介に部屋に留まれば殺さないと言われる。閉ざされた部屋の中で酒を飲んでいるうちに竜之介が鈴の音の幻聴に襲われ(冒頭の巡礼の鈴の反復)、お浜の霊が見えて狂いだす場面がまた凄い。閉ざされた空間。刀を振り回す錯乱した狂気。そのセットと照明、カメラワーク。

そして暴れまわっている竜之介を見つけた兵馬は、兄を仇討ちをするために決闘が始まる。霧があたりを包み込み、水辺で向かい合う二人。幻想的な美しさ。そんないいところで第一部が終わる。

ニヒリズムの極致という机竜之介というキャラクター造型。市川雷蔵が無表情に虚無を抱えながら、人を殺し、女を抱く。そしてその妻さえも殺してしまう。その闇。中村玉緒は、夫を殺され、自らを犯した男と家庭を持つ因果の果てに殺されてしまう。そんな二人と対照的なのは、兄の仇に情熱を燃やす青年本郷功次郎のひたむきさと、机竜之介に人生を狂わされたお松を演じる山本富士子のあどけなさ。人生の虚無感を美しい殺陣とともに描いてみせた時代劇だ。

1960年製作/105分/日本
原題:The Bad Sleep Well
配給:大映

監督:三隅研次
脚色:衣笠貞之助
原作:中里介山
製作:永田雅一
撮影:今井ひろし
美術:内藤昭
音楽:鈴木静一
照明:岡本健一
キャスト:市川雷蔵、本郷功次郎、中村玉緒、山本富士子、菅原謙次、根上淳、島田竜三、千葉敏郎、丹羽又三郎、笠智衆

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