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映画『LOVE LIFE』愛と距離と視線の関係

深田晃司監督らしいシニカルで知的な映画だ。人と人との距離をめぐる話だ。団地が物語の舞台であるのだが、夫の親夫婦が団地の向かいの部屋に住んでいる。隣の棟のベランダの義母(神野三鈴)と妻の木村文乃が会話する場面が最初にある。こんな大声でプライベートな会話するか?と思ったりするのだが、その距離感が微妙なのだ。団地の上の階のベランダと下の広場との間でサプライズな余興も演じられるし、夫婦二人の職場の距離も微妙に近い。さらに同じ職場の夫(永山絢斗)と元カノ(山崎紘菜)の距離、木村文乃と元夫(砂田アトム)との距離感も微妙な変化が描かれていく。この映画は、深田晃司が矢野顕子の「LOVE LIFE」という楽曲からインスパイアされて、数年前から考えられていた企画だという。その歌詞に「どんなに離れていても 愛することはできる」とある。愛と距離の関係。

深田晃司も多くの家族を描いてきたが、同じ家族を描いてきた是枝裕和監督の映画とはかなり違う。深田晃司の世界観には、「愛は素晴らしいもの」、「家族的共同体は良きもの、幸せなもの」という価値観がないのだ。是枝裕和には、どこかそういう幸福な世界観があって、その希望に向かおうとする人々が描かれる。近作『ベイビー・ブローカー』はまさにそういう希望に向かう疑似家族の物語だった。その叙情性が深田晃司にはない。もっと人間へのシニカルな視点がある。人と人との距離感、孤立感のようなもの。あの狭い家の中で、カラオケで盛り上がって大勢いても、その近い距離においても、子供は大人の視線から外れてしまうという残酷さも描かれる。

この映画では、すべての登場人物は愚かで残酷でダメな自分勝手な人間として描かれる。それは父親の田口トモロヲも母親の神野三鈴も妻の木村文乃も夫の永山絢斗も、元夫の砂田アトムも元カノの山崎紘菜も、みんながみんな愚かだ。善人でイイ人は一人も描かれていない。そのシニカルさが単純な愛の物語にならないところだ。ラストの部屋を出て散歩する二人の距離感こそが、二人の関係を物語っている。寄り添うでも、手をつなぐでも、喧嘩しているのでもない微妙な距離。いろいろあっても、一緒にいることにした二人の距離。二人が歩く時の距離はその関係によって違うものだ。元夫の砂田アトムは木村文乃の後ろを前後の関係で歩いていたが、ベランダでシーツで戯れるようになる頃には距離を近づけていた。葬式の場面で、砂田アトムは木村文乃の頬を叩き、距離を縮めて一緒に泣き叫んでいた。夫はオロオロと見守ることしか出来なかったのに。しかし、韓国での砂田アトムの息子の結婚式では、木村文乃は孤独に雨に濡れながら、一人で踊っていた。(あの顔が見えない長いバック・ショットは素晴らしかった。)夫の永山絢斗は、元カノの山崎紘菜と必要以上に距離を近づけてしまうし、木村文乃との関係では、つねにどちらかが一方的に身体を寄せるばかりだった。そんな人と人の関係の変化を距離を軸に演出していた。木村文乃が公園で砂田アトムを見つけて声をかけなかったときの距離感。距離によって、その時々の二人の関係が描かれているのだ。

さらに永山絢斗が相手と視線を合わせないキャラクターとして描かれ、手話で木村文乃と砂田アトムの目を合わせながら会話している二人と対照的だ。特に風呂場で二人で鏡を見ながら手話で話す場面は印象的だった。永山絢斗は、遠くからベランダで戯れる二人を見たり、生活保護を申請しに来たときの役所での二人の姿を一方的に見るばかりだ。手話がわからない永山絢斗は、ただ二人の手話のやり取りを見ていることしか出来ない。わからない疎外感。そして、木村文乃は元カノの山崎紘菜との出会いで、微妙な関係の視線を交わす。ラストに木村文乃が韓国から帰ってきて、永山絢斗に「こっちを見て」とわざわざ言ったのも、これから二人で暮らすための意思確認のようなものだったのだろう。

それにしても、冒頭から誕生会のサプライズ演出やパーティーまでの不自然な明るさ、作為的な盛り上がりはなんなのだろう?演劇的でわざとらしい。なんで街頭でチラシを配っていた教会のシスターがパーティーに呼ばれてカラオケを歌っているのか?この奇妙な不自然さは、その後に起きる事故の不穏な前触れなのか?

団地の外階段の上り下りが何度も使われ、上下の関係が向かいの部屋との距離を演出しているようでもある。親は結局引っ越して行くが、その後に元夫を部屋に入れることで、距離は縮まって関係が絡まっていく。また、ベランダの鳥除けのCDの反射の光も効果的に使っていた。ラストの部屋の中での光の反射は、まるで子供の魂が走り回っているようであった。

大きな出来事が次々と起こるわけではなく、どんな家庭にも起こりうるようなエピソードで、視線や距離による関係の変化、人間の一面的ではない残酷さや愚かさや闇が垣間見られるところが、深田晃司映画の特徴だろう。

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