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映画『すべての夜を思いだす』~行き交う人々、踊り出す身体~

画像(C)2022 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

多摩ニュータウンの団地を舞台に描いたそれぞれの人々の行き交う物語だ。ある一日、何か事件が起きるわけでもない、どこにでもあるような普通の一日が描かれる。人と人とは関わりがあるようなないような、すれ違う程度だ。緑多き多摩ニュータウンという人々が住む場所に、さまざまな思いや記憶が漂っているような、そんな不思議な「場所」にまつわる映画だ。

まず早朝の団地の風景が映し出される。鳥のさえずり、緑も豊かな団地。車はまだあまり走っていない静かな風景。散歩する人、バスに乗る人、自転車に乗る人。それぞれが何かを抱えながら、行き交っている。公園では、いろいろな楽器演奏をするグループが音を合わせたり、話をしたりしている。

団地の部屋で友人から届いた引っ越しハガキを見ている女性(兵藤公美)。彼女はハローワークで職探しをしているが、なかなかいい仕事が見つからない。「今日は私の誕生日なんです」と言う兵藤公美は、特別な何かを期待してバスに乗って引っ越しハガキが来た友人の家を訪ねる。しかし、なかなかその場所に辿り着けない。もう一人は家々のガスメーターをチェックするガス検針員(大場みなみ)。仕事の途中で団地に住む1階の女性からミカンをもらい、認知症で行方不明になっている老人と偶然に会い、その老人を家まで連れ戻ろうとするが、違う家に行ってしまう。3人目は自転車に乗る若い女性(見上愛)で、亡くなった友人の命日に彼の実家を訪ね、彼が撮ったフィルムの現像引換券を渡そうとする。そして見上愛は、女友達とその土地から出土した縄文土器の展示を見学し、亡き彼のことを思い出しながら二人で花火をする。

この3人は知り合いでも何でもない。 子供たちがバトミントンの羽根が木に引っかかって困っていると、兵藤公美は突然木に登り羽根を取ろうとする。そんな奇妙なおばさんに、「もういいです」といって逃げ出す子供たち。それを遠くから見ているのがガス検針員の大場みなみ。また、見上愛が公園でiPhoneで音楽をかけながら一人ダンスを踊っていると、遠くの方でそのダンスの振りを真似て踊っている兵藤久美がいる。見上愛がフィルムの現像を出したカメラ店の男が、ガス検針員の大場みなみが思いを寄せる男友達だったり、ラストで見上愛たちが夜の花火をしているのをベンチで見ているのが兵藤久美だったりするのだ。3人は会話を交わし関わり合う訳ではなく、遠くから見たり、見られたりする関係でしかない。ただ同じ団地で同じ空間を行き交うだけ。そこから何か物語が立ち上がる訳でもない。

縄文時代の人々の記憶、死んだ友人の記憶、古いビデオテープに記録されたいろんな家族の誕生日パーティーの映像。それぞれの思いが、この多摩ニュータウンの団地の開かれた空間で混ざり合い、すれ違う。写真屋の彼が大場みなみが飼えなかった猫の話をした後で言う。「でも猫と暮らした早苗さん(大場みなみ)もどこかにいると思う」と。選ばなかった人生もどこかにあるということか?パラレルワールド?兵藤公美の友人はどこかへ引っ越してしまったし、大場みなみは彼と夕食を共にできないし、見上愛は亡くなった彼のことを引きずっている。そんな不在の誰かのことを思いながら、不在の誰かとともに、それぞれが日々の孤独を抱えている。

縄文土器展示の土鈴の音に身振りを合わせるように、マグカップの音も聴こえてくるダンスの音楽も冒頭の楽器のグループの音も、あるいは鳥の声や虫の音も、生活を彩る豊かさだ。行方不明者を告げる町内有線放送もどこか温かい。人は誰かとすれ違い、その姿を眺め、何かを想像する。その日常のちょっとしたすれ違いの日々にも、何かが聴こえてきて、心が通い合う瞬間があり、自然と身体を動かしたくなる時がある。

若い女性監督である清原惟が今後どんな映画を撮っていくのか楽しみだ。


2022年製作/116分/G/日本
配給:PFF

監督・脚本:清原惟
プロデューサー:天野真弓
撮影:飯岡幸子
照明:秋山恵二郎音響:黄永昌
美術:井上心平
編集:山崎梓
音楽:ジョンのサン&ASUNA
キャスト:兵藤公美、大場みなみ、見上愛、内田紅甘、遊屋慎太郎、奥野匡、能島瑞穂、川隅奈保子、中澤敦子、佐藤駿、滝口悠生、高山玲子、橋本和加子

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