『ナイト・オン・ザ・プラネット』ジム・ジャームッシュ~愛しき多様な人間たち~
画像(C)1991 Locus Solus Inc.
ジム・ジャームッシュの映画の魅力を言葉で伝えるのは難しい。とりわけ、この映画の魅力は「この世界が好きだ」としか言いようがない。トム・ウェイツの音楽がまず好きなのだ。何年かぶりで観た本作は、やっぱりいい。多様な人間たちがそれぞれの都市の夜に生きていて、その存在自体が愛しく、もうそれだけで心が温かくなる。人物造型が魅力的だし、その造型された人物を演じる役者たちが、またく魅力的なのだ。2024年8月14日に亡くなったジーナ・ローランズ追悼ということで、この映画が上映され観に行った。ジーナ・ローランズ追悼と言えば、ジョン・カサヴェテスの『こわれゆく女』や『グロリア』や『フェイシズ』あたりを見直したいところだが、この映画のジーナ・ローランズとウィノナ・ライダーのやり取りも楽しい。
ロサンゼルス編から始まる世界各都市のタクシードライバーたちの話は、富裕層向けの空港にミージシャンの客を降ろしたウィノ・ライダーが公衆電話からボスに電話をかける場面から始まる。ガムを噛みながらタバコを吸い続け、頬は油がついているのか黒ずんでいて、ラフな服装とキャップ、腰から鍵やらチェーンをジャラジャラとぶら下げている車好きの女性。一方、高級そうなトランクやバッグ、アクセサリーや服装もセレブでいつも電話ばかりしている女、ジーナ・ローランズが空港に降り立ち、タクシーに乗る。対照的な二人。「タバコ吸い過ぎじゃない」というジーナ・ローランズの忠告に、「はい、ママ」とウィノ・ライダーが茶化して返す。そして、映画スターへの誘いを断わり、「整備工になりたい」というウィノ・ライダーに、最後にジーナ・ローランズが「はい、ママ」と返すところがまたクスッと笑える。会話とともに二人の距離感が変わっていくところが面白い。
次のニューヨーク編が一番いい。黒人の男ヨーヨー(ジャンカルロ・エスポジート)がNYの街角でタクシーを拾おうとするがなかなか捕まらない。乗車拒否の車が続き、止まってくれたのは何やら運転もろくに出来ない東ドイツから来たばかりの元道化師(アーミン・ミューラー=スタール)のヘルムート。あまりに下手くそな運転に、ヨーヨーがブルックリンまで自分で運転することになる。同じような耳当てのある帽子をかぶり、ヨーヨーは「俺のは最先端だ。一緒じゃない」と言い張るのが可笑しい。ヘルムートがヘルメットみたいな名前だと笑い、ヨーヨーは子供の玩具だと二人は言い合う。まるで漫才コンビのようだ。鼻から2つ笛を吹く道化師ぶりがなんとも場を和ませる。ヨーヨーが義妹を見つけて車に乗せ、二人で口喧嘩を始めるが、それをヘルムートが「いい家族だ」と言って微笑む。「戻る道、わかるか」とヨーヨーに心配されるが、道に迷いながら運転するヘルムート。黒人や移民たちが吹き溜まるNYでの微笑ましい一幕。
パリ編は、盲目の女性ベアトリス・ダルを深夜に乗せるアフリカ系男性(イザック・ド・バンコレ)のタクシー運転手。見えていないことにいろいろと同情する運転手だが、逆に見えていない女性の方が、いろんなことを感じ取り、分かっている。夜の川べりで女性を降ろして、落ちないように心配していた運転手が、車にぶつかり事故を起こすというオチ。
ローマ編は、饒舌な運転手ロベルト・ベニーニが圧巻。ジャームッシュ映画では『ダウン・バイ・ロー』(86)に出ているが、自ら主演・監督を務め、父の強制収容所の経験を元にして作った『ライフ・イズ・ビューティフル』(97)が有名。カボチャや羊との自慰行為、義理の姉とのセックスを客である司教に懺悔して話し続け、司教が薬を飲み損ねて死んでしまうまで気づかない。性と死が笑いのなかで取り上げられる。
最後のヘルシンキ編は、アキ・カウリスマキの映画のようだ。酔っ払ったオヤジ3人組を雪と氷の極寒の都市ヘルシンキでタクシーに乗せる話。運転手は、アキ・カウリスマキ映画の常連マッティ・ペロンパー。酔い潰れた客と運転手の不幸自慢のようになり、みんなで「お前はいいやつだ」と肩を抱き合う奇妙な可笑しさ。酔い潰れて家の近くで座り込むオヤジに声をかける近所の住人にもまたホッとする。寒くて厳しい土地柄こその人間の温かさ。ここでも赤ちゃんの死が語られる。トラブルや不幸、喧嘩や死もまた人生の一部。そんなことも含んで進むタクシーの車内があり、それぞれの街の時間があり、まわる地球がある。
1991年製作/129分/アメリカ
原題または英題:Night on Earth
配給:フランス映画社
監督・製作・脚本:ジム・ジャームッシュ
製作総指揮:ジム・スターク
撮影:フレデリック・エルムス
編集:ジェイ・ラビノウィッツ
音楽:トム・ウェイツ
キュスト:ウィノナ・ライダー、ジーナ・ローランズ、ジャンカルロ・エスポジト、アーミン・ミューラー=スタール、ロージー・ペレズ、イザック・ド・バンコレ、ベアトリス・ダル、ロベルト・ベニーニ、パオロ・ボナチェリ、マッティ・ペロンパー、カリ・バーナネン、サカリ・クオスマネン、トミ・サルメラ
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