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『彼女たちの舞台』ジャック・リヴェット~演じる女性たちの魅力的な振る舞い~

画像(C)1988 PIERRE GRISE PRODUCTIONS (C) 2017 Les Films du Veilleur

「ジャック・リヴェット傑作選2024」にて、4Kデジタルリマスターによる修復版を2024年劇場公開。ジャック・リヴェット映画を続けて3作品観たが、またしても演劇がテーマになっている。3作品の中では、演劇的ではない音楽と踊りが軸のミュージカル風の『パリでかくれんぼ』が最も見やすく分かりやすい作品だった。本作は女性たちを軸に展開されているのは同じで、演劇と日常と事件・・・。またしても謎めいた男が登場し、観客は混乱させられる。

パリの演劇学校に通う女性徒たちの物語。主に出てくるのはパリの郊外で共同生活をするアンナ(フェイリア・ドゥリバ)、クロード(ローレンス・コート)、ジョイス(ベルナデット・ジロー)、ルシア(イネス・ディ・メディロス)の4人だ。演劇学校の舞台の稽古場面とアパートでの共同生活が交互に映し出されていく。そしてその2つの場面を夜の列車の車窓シーンが繋いでいく。パリと郊外のアパートの空間移動という意味合いだが、それが全体の映像のリズムになっている。

冒頭は、アンナという黒人女性がカフェからいきなり建物の中に入り、そばにいる女性と言い合いになる。どうやら芝居のセリフであることが分かる。赤い壁と赤い客席がある舞台では、演劇学校の授業が行われているようである。先生であるコンスタンス(ビュル・オジエ)はプロの女優でもあり、高い授業料を払って演劇を教える有名な先生だ。舞台上で生徒たちに演じさせて指導し、客席では何人もの同じ教室の生徒たちが見ている。なぜか生徒は全員女性なのだ。次々と先生が生徒を指名して、舞台で芝居が始まる。男役も女性が演じる。演じられるのは、ピエール・ド・マリヴォー(Pierre de Marivaux 1688-1763)の戯曲『二重の不実』(La Double Inconstance)の各場面だ。

この演劇の内容は、映画を観ているだけではよく分からない。ネットで調べてみると、狩りの途中で農民の娘シルヴィアを見初めた大公が、彼女を妃とするべく、シルヴィアの恋人アルルカンとともに城に拉致して、二人を別れさせようとする。シルヴィアには大公を、アルルカンには別の女性をするように仕向けるのだ。まことに勝手な権力によって庶民のを略奪するという「喜劇」のようだ。

その舞台稽古と同時進行で描かれるのが、古いアパートで共同生活する四人の女性たちだ。ジャック・リヴェット映画にあって、この若い女性たちが、いつものようにとても魅力的なのだ。最初にセシル(ナタリー・リシャール『パリでかくれんぼ』にも出演)という金髪のショートカットの女性が男と暮らすためにアパートを出て行く場面があり、入れ替わりに住むことになったのが、ポルトガル出身のルシアである。浮き立つように出て行ったセシルだが、その恋人のリュカが犯罪と関わる怪しげな男のようなのだ。そのリュカが隠した書類を探して、またしても別の謎の男トマ(ブノワ・レジャン)が四人に接触してくる。刑事なのか、リュカの犯罪仲間なのか、様々なことを語りながら、手練手管でそれぞれの女性を誘惑しようとする。トマは、盗まれた「美しき諍い女」という絵画を探していると言う。あるいは、リュカが持っていた政界を揺るがす事件に関する書類を探しているとも語る。そのうちクロードという女性がトマをしてしまい、アパートの部屋に引き入れセックスもする。女性だけの共同生活への男の侵入。男はリュカが持っている重要な書類を隠した鍵を探そうと必死になるが、見つけられない。このトマという男は、結局刑事だと分かるのだが、「秩序」を重んじる男で、権力者側の人間なのだ。一方、セシルの恋人のリュカという男は、一時は警察に捕まるが、その後逃亡する。リュカは犯罪者なのか、何かを告発しようとしている活動家なのかよく分からないが、その男がやろうとしている告発、混乱を防ぎ、「秩序」を取り戻そうとしている男がトマなのだ。つまり権力の側の男の誘惑と騙しによって、侵されそうになる女性たちの生活・・・というわけだ。

結局、逃亡していたリュカを匿っていたのは、先生であるコンスタンスだったことが判明する。警察が劇場に来て、先生のコンスタンスを劇場から連れて行く。残された生徒たちは、生徒たちだけで芝居を完成させようとする。中世の衣装を身につけ、メイクをして演じる舞台。舞台上で演じられるのは、権力によりを略奪される物語。一方、彼女たちのアパートで繰り広げられるのは、女性たちを騙して侵入した権力側の男トマを許さない物語。彼女たちはついに彼を殺してしまう。女性たちは「秩序」に反発するのだ。

このような単純な図式でこの映画を語ったところで何の意味もない。この映画で観るべきは、やはり彼女たちのそれぞれの振る舞い、感情、、迷い、嘘、反発、怒り、悲しみ。舞台上で演じることに、それぞれの私生活の感情が混ざり合う。舞台の役の感情を演じているはずが、いつのまにか本人の感情そのものが表出されていたりする。演劇と現実が入り交じるのは、『地上に堕ちた愛』と同じだ。

この映画でも、幽霊話が出てくる。奇妙な物音が古いアパートの屋根裏から聞こえてくるのだ。何かゴトゴトと歩き回るような、探すような物音。それが幽霊の仕業なのか、なんなのかは分からない。日常を幻惑する音が彼女たちを混乱させる。幽霊を鎮めようとするルシアが「月よ、太陽よ」とまじないのような言葉を唱えるのも面白い。ちょっと神秘的なルシア、ボーイッシュで奔放なクロード、行方不明になった妹の名前を使っているアメリカの恋人と遠距離恋愛しているアンナなど、いずれも個性豊かな魅力が感じられる。それに比べて男はいつも魅力がない。ジャック・リヴェットの登場する男たちは、女性たちを誘惑したり、幻惑したりする引き立て役でしかないのだ。


1988年製作/160分/G/フランス・スイス合作
原題:La bande des quatre
配給:マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム
劇場公開日:2024年4月19日

監督:ジャック・リヴェット
製作:マルティーヌ・マリニャック
脚本:ジャック・リヴェット、パスカル・ボニツェール、クリスティーヌ・ローラン
撮影:カロリーヌ・シャンプティエ
美術:エマニュエル・ド・ショビニ
編集:カトリーヌ・クズマン
キャスト:ビュル・オジエ、ブノワ・レジャン、ロランス・コート、フェイリア・ドゥリバ、ベルナデット・ジロー、イネス・ディ・メディロス、ナタリー・リシャール、イレーヌ・ジャコブ

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