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【感想】TAAC『人生が、はじまらない』

・8月6日ソワレに観劇。

・終盤、ゆきのセリフでぐわっと涙が出て苦しかった。
・夏生が殺人を犯すとき、目が鈍く光っていたのが印象的だった。どうしてそうなってしまうのだろう。苦しい。
・苦しい話だったけれど、ラストで少し前向きな気持ちになれるのが不思議だった。見ないふりをして自分の意見を自分の中に封じ込めていたゆきは、自分の意思で夏生の自首には付き添わないことを決める。夏生は自分の足で自分が犯した罪を償うための一歩を踏み出す。物語の中で不穏と共にあった雨は、最後、進と夏生に虹をかける。

・重い空気が好きだった。不穏さを漂わせる音楽もよかった。セットも素敵だったし、役者お芝居もよかった。けれどどこか釈然としない気持ちが残る。

・実在の事件を下敷きにしたフィクションだとあらすじやインタビューを読んで事前情報を得ていた。だから、描かれるのは、ネグレクトにあい、社会から注目を浴びてしまった子供達の現在なのだと思っていた。騒いで問題を取り沙汰して社会問題を作り上げたマスコミは、その後のことまでケアしない。かつてを知る人は兄弟を腫れ物扱いしているかもしれない。そういうどうしようもない苦しさを見るのだと思っていた。ちょっと違った。
・夏生の日常はたしかに息苦しさがあった。進との関係は必ずしも良好ではなく、言いたいこともうまく伝えられていない。でも、そうなっているのはネグレクトの体験が直接的な原因なわけではなく、夏生が殺人を犯していたからだった。
・なんかそれがさーーーー。好みの問題なのだろうけど、私の好みの展開ではなかった。実在の事件がベースになっていることを強調するあらすじがフライヤーに載っていて、実際、物語の前半は事件のWikipediaを読み上げるような説明が記者の台詞を通して断片的に語られている。あくまでフィクションなのは重々承知だけれども、私は、物語の中で夏生に人を殺させる必要性があるのだろうかと思った。
・私はたぶん、物語の中でくらい、罪を犯した人が更正する姿を観たいんだと思う。

・それにしても、舞台で観る犯罪のシーンには独特の迫力がある。

・14歳以下の子供に罰を与えないのは、子供に可塑性があるからなのだそうだ。人は若ければ若いほど変わる力を持っているから、刑罰を科すよりも教育や福祉で支えていくのがよいという考えられているらしい。
・ネグレクトが発覚して世間に騒がれたあと、夏生はどんなふうに生きてきたのだろう。福祉のサポートを受けることはあったんだろうか。
・ネグレクト事件の後に兄弟で生きていく選択は果たしてよかったのかな。進はたしかに下の兄弟の面倒を見ていたけれど、暴力も振るっていた。その力関係があるから夏生もゆきも何も言えずにいたのかもしれない。
・進は記者である中田に対して、自分たちのことを不幸だとは書いては欲しくないと言う。進にとっては不幸じゃないかもしれない。妻がいて子供も産まれそうで仕事もあって弟妹を守って暮らしている。では、夏生やゆきはどう思っていたのだろう。

・夏生はこれから逮捕され、取り調べを受けて裁判となる。裁判では、ネグレクト事件のことも話題になるだろうし、夏生が抱えてた「人生がはじまらない」という感覚も話すことになるだろう。自分の足で警察署に向かい、自分の言葉で罪を告白し、その結果罰を受けることで、夏生の人生ははじまるのだろうか。
・夏生が自首して逮捕されたら報道が加熱するだろうけどそれはきっと一時的なものだ。忘れた頃に裁判が開かれて再び報道されるだろう。でも、判決が出たらマスコミも世間も興味を失うんだろうな。

・記者の中田は「嫌な記者」のテンプレートみたいな人物だった。中盤、ネグレクトを世間に知らしめた家族のその後を書きたいのだと話す様子をみていたとき、そう悪い人ではないように思えた。冒頭のあまりにも無遠慮さも、気合いが空回してしまったと項垂れる様子を見てれば、そういうこともあるよねと思う。
・でも結局、中田は殺人事件の真相を暴こうとしている。センセーショナルな記事を書いてかつての栄光を取り戻したかっただけなのだとしたら、冒頭のインタビューシーンの印象は再び変わる。殺人事件の真相を暴くことが主眼なのだとしたら、兄弟たちへの配慮が全くない言葉選びも頷ける。怒って本音を話してくれたらラッキーとすら思っているかもしれない。

・感情が動かされる舞台で面白かった。でもうまく受け取りきれなかったな〜〜。


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