麻酔が効いてきた

飽きるまで細々とやっていきます

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最近の記事

サプライズに含まれるある種の暴力性

世の中では、大切な人へ気持ちを伝えるために「サプライズ」という手段がよく使われている。例えばそれは、誕生日プレゼントだったりプロポーズだったりという形で自分たちの周りで多く行われており、一般的には良いものであると見なされているように思う。 しかし、このサプライズという手段にはある種の暴力性のようなものが含まれているように思う。はじめに断っておくが、これはサプライズを冷笑し、否定する記事ではない。サプライズが含む負の側面を考えることで、今後行ってしまうかもしれない独りよがりな

    • 自分は差別すると思う

      ある人がこんなことを言っていた。 「私は性的マイノリティについて知識があるから、差別しない」 それを聞いた時、「その考えは少し危険じゃないか」と思った。 人は差別をしたくてしているのではない。 それが差別だと気づいていないで差別しているというケースが大半なのではないかと思う。 だからこそ、自分の中にある差別行為の種みたいなものに気をつけた方が良いのではないかと思う。 自分は差別をしてしまうかもしれない。というか、もう差別してしまっているかもしれない。それくらいの心持ちでい

      • 先輩の話

        かつて所属していた団体に、いじられキャラの先輩がいた。 その先輩は同期ばかりか、後輩にもいじられていて、先輩というよりは「面白い年上の人間」として見られていた。 無茶ぶりで芸をさせられても、恋人との関係を冷やかされても、不機嫌になるどころか、ヘラヘラ笑っておどけていた先輩を見て、「面白い人だな」と思っていた。 今振り返ると、先輩は「気を遣わせない達人」だったのではないかと思う。 団体で飲み会をしていたときのことだった。 いつものごとく、先輩はいじられていて、何故かは知ら

        • 利他的行動は利己的だと思う

          誰かの為を思って行動する。それはとても立派な行為だと思う。皮肉ではない。実際、自分もそういった利他的行動がとれる人間になりたいと思っている。 ただ、こういう利他的行動をするときに気をつけたいと思っていることがある。 それは「自分の行動はどこまでいっても自分本位の利己的行動である」ということを忘れないでいることだ。 誰かの役に立ちたいと思って行動し、実際に役に立てたとする。その時、自分は嬉しい気分や達成感を得ていると思う。 こう考えると、「人の役に立ちたいから」行動している

        サプライズに含まれるある種の暴力性