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【過去から学び未来を創る♬吉野杉との出会い編】


【過去から学び未来を創る♬吉野杉との出会い編】
~温鼓知新という生き方♬~


物語りはさらにつながり
今回は吉野杉との出会い編をお届けします。

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吉野杉との出会い


私は太鼓作り以外にも、さまざまな活動をしています。
自身で演奏もしますし、

三浦太鼓店の仲間は、ワークショップを開いたり
太鼓教室を開いたりも。

そんな私たちの活動のうちの一つに
「味噌六太鼓プロジェクト」というものがあります。

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このプロジェクトは、
岡崎の味噌蔵で使わなくなった味噌桶を

六尺六寸の大太鼓に作り替えることで、
地域の誇りと伝統を守り、受け継いでいこうというものです。

地元のみならず、賛同してくれた遠方の多くの
方々のご協力で、これまで三台もの味噌六太鼓を作ることができました。

この太鼓を掛け声とともに勇壮な男衆が担ぎ上げる、
夏の「家康公夏まつり」は大盛り上がり。

一度味わったら、あの興奮は忘れられません。

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そんな「味噌六プロジェクト」を聞きつけて来てくださった、
久保さんという方がいらっしゃいます。

しかもなんと、遠路はるばる奈良県から!

聞けば久保さんは、
あの有名な「吉野杉」の産地である
奈良県川上村の村役場でお勤めなのだとか。

「吉野杉といえば、言わずと知れたブランド杉ですよね」


 私が言うと、少し曇った表情をしながら久保さんは口を開きました。

「ブランド杉とはいっても、後継者問題や村の過疎化など、
現代に起こるさまざまな問題に悩まされていて……

徐々にその価値は衰退していっているのです。
そんな川上村でも、
もし『味噌六太鼓』のようなプロジェクトができたら、

少しでも地元林業の活性化や新たなつながりや
発展が期待できるのではと思い……

気づいたときには三浦太鼓店さんに向けて車を走らせていました」

なんでも、吉野杉の栽培の歴史は500年にもなるのだとか。

そんな林業を何とかして再び盛り上げたいという
久保さんの熱い思いに、私は心を打たれました。

「力になれることは何でもさせてください!」と
固く握手を交わしたその翌週には、

もう吉野杉を見に奈良県まで行ってしまうという行動力。

そう、何事も、まずは行動あるのみ!
2018年の年末のことでした。

案内していただいた吉野杉の森はうっすらと湿気を帯びていて、
豊かな杉の香りが立ち込めていました。

歴史の証人_190514_0065



大自然の中に悠然とたたずむ吉野杉の偉大さに
感動すると同時に、

私の頭の中は「この杉で太鼓を作ったらどうなるんだろう?」
という思いでいっぱい。

秋田杉の買い付けを経験した私は、
「いつかこの杉も原木で買い付けたい!」と考えるようになりました。


久保さんとのご縁がきっかけで、
2019年3月、

念願叶って吉野杉の買い付けに参加することができました。

秋田杉の競りとはまた違った雰囲気に、
ワクワクとドキドキが止まりません。

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市場の案内をしてくださったのは、
吉野杉を使った伝統的な「樽丸」という仕事を継承されている
春増さんという方。

まだ原木への経験が浅い私は、
春増さんにいろいろと教えていただきながら、

無事に念願の吉野杉の原木丸太を三本買い付けることができました。


今までの秋田杉に加えて、吉野杉でも原木か
ら桶作りができるようになったのです。

モノの良し悪しや、秋田杉との違いなど、
正直何もわかりませんでした。

けれどとことんこだわってやってみることで、
これまで気づかなかったことに気づけるかもしれません。

だから多少のリスクがあっても
「行動」することを優先したいと思うのです。


よく「三浦さんの夢はなんですか?」と
聞かれることがあります。

私は、今できないことを追いかけるのが
「夢」なのだと思います。

川上村からはるばる訪ねて来てくださった久保さんも、
夢を抱き、私を訪ねて来てくださいました。

どうせ無理だと思って行動しないか、
好奇心を持って行動するか。


それが夢に近づくかどうかの分かれ道です。
はるばる愛知まで来てくださった久保さんのおかげで、

私はこうして、新たな夢へと近づき、次の景色を見せてもら
うことができました。

私も、久保さんの夢が少しでも実現するように、
何か力になりたいと強く思います。

いただくばかりではなくて、
今度は少しでもご縁や恩をお返しできるように。

今できることひとつひとつに、
丁寧に向き合っていきたいのです。

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それからしばらくして、
今度は三浦太鼓店の社員も連れて川上村へ訪れる機会がやってきました。

吉野杉も使って太鼓を作らせていただく以上、
まずはその歴史から学びたいと思い、

そろってお話を聞くことに。

驚いたことに、実は吉野杉は、
山に自然に生えている天然の杉の木ではなく、

植えてから育てるまで、
全て人の手が加わった「植林」の木だったのです。

あの美しい木目を生み出していたのは、
自然の力だけではなく、

その自然に寄り添いながら育まれてきた長い歴史と、
先人たちの知恵が重なって生まれていたものだったのです。

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ちょうど私が先日買い付けた吉野杉が樹齢1 0 0 年でした。

ということは、100年前にそれを植えた人がいて、
100年後に美しい吉野杉として製品にするため

10年、20年、30年と大事に地道に、
山に手を加えながら育て上げてきた人がいるのです。

100年後、製品になったときには
植えた人はもう生きていないというのに……。

これほどまでに先の見えない、
地道な仕事があるでしょうか。

さらに、川上村にはその歴史がなんと
500年も前から脈々と受け継がれている大木が存在しているとのこと。

まさに吉野林業の原点ともいえるその木を、
見に行かない理由がありません。

久保さんや役所の方に案内していただいて、
地元の方でもなかなか訪れないという場所に足を踏み入れました。

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道なき道を 分ほど行くと……。
突如としてその大木は目の前に現れました。

幹の太さ直径は約五尺七寸(1メートルセンチ)、
高さは約55メートルにもなる、杉の大木です。

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江戸時代初期に人の手によって植えられて以来、
この地域でも最も樹齢の高い木であることから

「歴史の証人」とも称されているのだとか。
そんな大木に触れてみると、言葉にできないほどの
莫大なエネルギーや先人たちの思いが、自分に流れ込んでくるようでした。
 

そして2020年1月、我々「株式会社三浦太鼓店」と、
川上村の林業を守り後世に伝える
「一般社団法人 吉野かわかみ社中」との間で
協定書を取り交わしました。

互いに、受け継がれてきた素晴らしい
伝統を後世に残していこうという想いの証です。

この想いを今一度しっかりと噛みしめ、
自分にできることを問い続けていきたい
と思います。

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吉野杉との出会い終わり。


あとがき

よく、「運命」の出会いと
表現されることがありますが、

私はこの「運命」というのは
自分自身が「動く」ことによって

運ばれてくるものだと思っています。

待っているだけでは
あなたの人生にとって

大切な人との繋がり、ご縁
出会いはやってきてくれません。

私自身も
これまでの経験を糧にして

自ら行動し、
これからも新たな運命の出会いを

求めていきたいと思います。

今日もステキな一日を(^_-)-☆


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1865年創業、 三浦太鼓店の六代目彌市。 私が19歳で後を継いだ時、主な収入源はアルバイトだった。 →現在は「太鼓職人」「演奏者」「経営者」 3つの顔を持ち、 「伝統」から受け継いだ心の豊かさを何より大切にし、今に生きる人々に愛と勇気を伝えていきたいです♬
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