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書評「あなたが受け取ったメッセージは何でしたか?」(清水諭編『現代スポーツ評論43 特集:スポーツと人種問題の現在』2020,創文企画)

はじめに

 スポーツ記者の邨田さんと喋るラジオ”さかろぐ”の中で、スポーツの人種問題に触れることがある。人種問題関連の記事も書いている彼から紹介を受けたのがこの本。
 2020年、アメリカで警察官による黒人への暴行・死亡事件が相次いだことから、スポーツ選手の人種差別に対する主張が多かったように思う。日本に馴染みのある例だと、プロテニスプレイヤーの大坂なおみ選手のマスク姿を見た人も多いだろう。2020年全米オープンで大坂選手は、暴行事件に巻き込まれて亡くなった黒人の名前を記した黒いマスクを着用して戦っていた。

あなたが受け取ったメッセージは何でしたか?メッセージをあなた方がどのように受け取ったかに興味があります。

 優勝インタビューの中でマスクについて聞かれた際、大坂選手は上記のように発言しているのだが、この問いかけに対して私は回答することができなかった。日本でも話題になったマスク姿だが、回答できる人はどのくらいいたのだろうか。

「スポーツと人種問題」がテーマ

 2020年11月に出版された本号のテーマは「スポーツと人種問題」であり、大坂選手の問いかけに対するヒントになる。ちなみに『現代スポーツ評論』は各号ごとにテーマが決められた論集で、スポーツの旬な話題に関して、様々な文章を読めるのでおすすめだ。
 今回は気になったトピックを2つ「スポーツに政治を持ち込むな言説」と「差別がなくならない理由」を少しだけ紹介する。

スポーツに政治を持ち込むな言説

 山本敦久はスポーツは近代の成立当初から排除/包摂、支配/抵抗を含んでおり、政治的であったことを指摘する。運動や観賞を通して得られる個人的な体験からだと、スポーツは純粋無垢な存在に感じられ、だからこそメディアもスポーツの感動や熱狂を伝えることが多い。しかし実際には近代スポーツの始まりやアマチュアリズムなどの歴史を踏まえると、政治的であることは拭えないだろう。
 また山本はスポーツに対して政治が持ち出されるとき、ナショナリズムやジェンダーは政治とは見なされないことを示し、その状態を「スポーツの政治的零度」と表現した。つまりスポーツを政治の枠組みで考えるとき、実はナショナリズムやジェンダーの観点が抜け落ちている。これらのように、スポーツを考えるときに無意識にいくつかの視点を排除していることに気付かされる。

差別がなくならない理由

 他にも「なぜ差別はなくならないのか」も重要なトピックだ。現在を見回しても人種差別が散見される理由として、本書の中で小笠原は「差別はあくまでも社会現象」と述べている。つまり個々人の心理状態や知識や思考が差別を産み出しているのではなく、これまで当たり前だと思ってきた制度や慣習が差別を産み出しており、だからこそ「何気なく」「悪気なく」差別は継続して発生している。
 当たり前の日常から差別は発生しているため、差別に無関係な人はいない。そうした既存の構造を再構築するために、大坂選手のようにアスリートによる他者への働きかけが起きているのかもしれない。

おわりに

 紹介した2つのトピック以外にも、ハーフやジェンダーに関する論考もあり、スポーツが無色透明な行為でないことが理解できるだろう。
 もちろん冒頭の大坂選手の問いかけに対して、すぐに答えが出せるとは限らない。ただ少なくともこの本を読めば、彼女の問いかけに応える必要があると感じるはずだ。


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