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【書評】「スタジアムと社会は地続き」(陣野俊史『サッカーと人種差別』文藝春秋,2014)

はじめに

 ここ最近、スポーツ界の差別が続いて表沙汰になった。一つが鈴木武蔵選手、もう一つが大阪なおみ選手。後者については個人的に応援していたお笑い芸人Aマッソが加害者となった一件であり、かつお笑いと差別という別な問題も孕んでおり、複雑な心境である。
 それは別にして、これらを見てSNSの持つ拡散力は隠された差別にもスポットライトを当てるのだと感じた。そして差別を受けた側が闘うことだけが対抗手段なのだろうか、これでは力のない者は差別と闘えないのではないか。そんな疑問が湧いたことからスポーツと差別について学ぼうと思い読んでみた。

排除と差別の超克を目指す研究者

 著者は陣野俊史さん(@jinnotoshifumi)で、フランス文学者として立教大学で特任教授を務めている。「文学、スポーツ(特にサッカー)、映画、音楽を横断しつつ、排除と差別の構造を分析、その超克を目指」すことを研究テーマとしており、その研究成果の一つがこの本に詰まっている。
 他の著作だと『フットボール都市論 スタジアムの文化闘争』や『フーリガンの社会学』(翻訳)あたりをお勧めしておく。

スタジアムと社会は地続き

 スポーツ界での差別事件が続いたが、決してスポーツ界が特殊なわけではなく、「スタジアムと社会は地続きであ」り、社会の差別意識がスポーツにおいて表出しているだけと考えられる。

スタジアムの中が特殊なのではない。人種差別的言葉の応酬が起こる背景には、その言葉が普通に使われる社会が存在する。社会の中で人種差別的言葉が横行しているからこそ、普通にスタジアムの中でも用いられている。
(引用元:第3章,2項,2段落)

 日常生活で差別を意識しなければ(その意識することが難しいのだ)、差別が社会に存在するかは認識できない。であるからスポーツ選手に対する差別を見るとなにか特殊な印象を受けるのだが、それはスポーツが特殊なわけではなく、日常の差別意識が単にスポーツに表出しているだけだという。

メディアに乗っかる差別がすべてではない

 スタジアム(ピッチ内)がメディアの領域になったからこそ、そこに表出する社会が際立って見えるようになった。そして逆にメディアの領域の外にあるスポーツ(には限らないが)では未だ差別は野放しになっている。

メディアに取り上げられない場所での人種差別に関しては、サポーターの自主性に期待するしか、方法はない。
(引用元:第3章,8項,9段落)

 ニュースで見るような、有名選手に関わるような差別だけが存在しているわけではない。これらはあくまでも氷山の一角で、メディアの陰には人種差別は存在している。そして陰の部分に対しては最も近くにいる、ひょっとすると当事者かもしれないサポーターの自助努力が必要なのだ。

偏見を粉砕するために

 ピッチ内から外に対して出来ることは無い。もちろんダニエウ・アウベスのように投げ込まれたバナナを食べることで反意を示すことはできるが、それもバナナのもつ差別的意味を壊したことにはならない。陣野はバナナが差別の表象として認識されてしまう、その偏見自体を粉砕すべきと主張する。

ティエリ・アンリが述べるように、プレーヤーは無力だ。フィールドの中ではプレーするしか選択肢はない。だからこそ、観客である私たちは、彼らの無力を汲み取り、バナナが差別の表象として固着してきたプロセスを明らかにし[…略…]その偏見を粉砕するべく努力しなくてはならないのだ。
(引用元:第4章,1項,3段落)

 その方法の一つに教育をあげる。差別を受けてきたテュラムは「偏見を壊すためには、偏見がどのように成立したかを理解することが重要だ。陣野俊史. サッカーと人種差別 (Kindle の位置No.1815-1816).  . Kindle 版. 」と述べる
 テュラムによれば、人はレイシストに生まれるのではなく、あくまでもレイシストになるのだ。レイシズムは知的な構築物であるがゆえに、教育という手段で対抗しうると考えている。

おわりに

 著者は全体を通して新聞などの引用し、慎重に言葉を選んで客観性を保とうとしている。差別問題で個人体験を語ることは難しい。なぜならそこに隠れている偏見が見えないからだ。また解決策が差別に打ち克つという方向になりがちだ。
 そうした個人の超克エピソードにならないために、日常における差別意識がスタジアムで表出しているという事実を、そしてその差別意識がどういった経緯で出来てきたのかを知ることが必要だ。我々の持つ偏見を可視化し、粉砕可能な状態にすることで差別に対抗できると著者は考えている。
 著者は偏見を可視化するために必要な「コスモポリタン」という一つの考え方を終章で提示した。それが現実的かどうか含め、ぜひ本書を読んで悩んでみてほしい。


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