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【Review】2021年J1第25節 サンフレッチェ広島 VS.川崎フロンターレ「チームの勝敗は1人のプレーに還元できない」

はじめに

 2021年J1第25節の川崎フロンターレは、1-1でサンフレッチェ広島と引き分けました。先制される展開の中、1点を返すことで2試合続けての無得点試合は避けたものの、今季初の連続ドローとなりました。

 一方の広島は4試合連続で白星なし、さらに2試合連続で追いつかれる展開となりました。負傷者が続く中、上位浮上のきっかけを掴みきれませんでした。

2シャドーに変更した広島

 前回ホームで対戦した時と比べて、広島の戦い方は基本路線は変わりません。レビューで触れた2ボランチの役割についても基本は同じでしたが、アンカー潰しは2シャドーとの協働タスクになった分、負担は減っていたでしょう。
 裏に抜ける選手は継続してボランチが対応していましたが、むしろここは前回よりも隙が少なかったように感じます。特にハイネルは危機察知能力とスプリント力の高さで、川崎のライン裏への侵入を防いでいました。これは川崎にいた時には予想しなかった適性で、城福監督の功績と呼んでもよいでしょう(とは思いつつ、交代時にタッチすらなかったのは、他チームサポながら気になってしまった)。

 ポジションで異なっていたのは2シャドーを置いたこと。こうすることで中央に人を配置できるため、守備時のパスコース遮断や、カウンター時にサントスが孤立しないなどのメリットがありました。
 一方で、広島全体のタスク量は変わらないため、2ボランチの負担減のしわ寄せが2シャドーにいっているようにも感じました。選手交代が中央の選手にのみ(+青山の負傷)なのも、偶然ではない気がします。

 あと変わらないポイントでいえばゴール前の固さ。特にシュートコースの限定の精度は高く、練習で鍛えられている感じがします。GKからの要求がきっと高いのだと思います。
 遠野がシュートを外して鬼木監督が倒れ込むシーンは、この試合で最も印象的なシーンの一つですが、あの場面も広島の選手がスライディングで下のコースを遮断しており、下にシュートコースがないことを意識させられたためでしょう。
 こうしたシューターへの嗅覚という点では、まだまだ川崎の最終ラインも物足りなさを感じるので、良い教師としたいところです。

出し手としての橘田への期待

 前節のレビューでも触れましたが、矢印の逆を取る動きがまだ少ないように感じました。広島のような空いたスペースを埋めるスピードが速いチームを相手にした場合、選手のポジショニングでズレを生み出しても有効活用が難しいです。もちろん間違いではないのですが、その方向性であればもう少し連動の精度を上げる必要があるでしょう。

 この日の終盤にチャンスを作っていたのは、どちらかというと矢印の逆を取る動きの方で、スペースが狭くとも出し手と受け手の関係で崩した場面でした。
 たとえば69分の遠野のシュートの一つ前は、家長と宮城の関係性で崩しています。広島のCBをずらしてスペースを作ったわけではありませんが、宮城の相手を外す動きと、そこにタイミングを合わせた家長のスルーパスで崩し切っています。

 そうしたプレーに最も適応していたのが橘田で、裏を狙う回数を増やしたこともあり、後半は出し手として最も機能していた選手の1人でした。
 彼はボールの置き方が上手く、パスのタイミングを受け手に示せる選手の1人です。普段はIHとして時間と空間の制約が厳しいのですが、この日はアンカーとしてプレーし、さらに相手を押し込んでいたこともあって、ワントラップで前を向ける回数が多かったです。

 加えて、ここからは評価をあらためるべきポイントなのですが、中長距離でもボールを供給していました。これまでは近距離のパスに強いイメージ(IHからトップやWGへのパス)で、だからこそできるだけ高い位置でボールを受ける工夫をしているのだと思っていました。
 しかしこの日のプレーを見る限り、アンカーならアンカーなりの距離感でプレーができる選手なのだと感じました。その真骨頂がゴールに繋がった旗手へのサイドチェンジですし、他にも宮城への浮き球のスルーパスなど、ピッチを広く使った攻撃も可能なことを見せつけていました。
 そうしたプレーに加え、これまで見た中では相手を外した受け手にボールを渡す点ではチームトップだと思います。彼が攻撃で顔を出す回数が増えれば、ゴール前の崩しの精度も上がるのではないかと期待している、今日この頃です。

飲水タイムがなくても改善できるか

 この日の川崎で最も気になったのが、飲水タイム明けからはっきりと改善が見られたことです。パッと聞くと良いことのように思われるかもしれませんが、個人的にはネガティブに捉えています。なぜなら鬼木監督からのきっかけなしに改善が図れないチームになっている可能性があるためです(なお、ルール上戦術的指示は禁止となっていますが)。
 もちろん、飲水タイムは選手間で落ち着いて話せる時間なので、そこでの認識合わせによって改善できた可能性もあります。ですので、あくまでも可能性の一つとして触れています。

 たとえばこの日の後半、飲水タイム明けから裏を狙うプレーが増えました。それは受け手の選手の抜け出す回数だけでなく、出し手がスルーパスを狙う回数も増えました。ジェジエウも自ら持ち出してスルーパスにトライしており、CBの選手にまでも攻撃の方針が浸透していることを感じさせます。
 しかし裏を狙うプレー自体は今までも実践してきた内容で、選手の引き出しにはあったはずです。にもかかわらず、飲水タイム前にはあまり見られなかったのが気になっている理由です。つまり、最終ラインの裏を狙うプレーの意思統一がピッチ内の選手が主導して行えていないように見えました

 調子の良い時の川崎はピッチ内の選手で戦い方を修正できます。ただそれがどういうメカニズムで行われているかは外部からは見えにくいです。なのでこれ以上は妄想になりますが、強い雨風で言葉のコミュニケーションが取りにくかったり、キャプテン谷口の不在が大きかったのかもしれません。はたまた、移籍した田中が田中が担っていたのかもしれません。
 いずれにせよ、試合中のチーム全体の軌道修正は今後も求められますし、対策されるチームとしては重要なテーマです。この試合では家長が後半頭から裏抜けを増やすなど、プレーで進む道を示していたように見えましたが、そうした振る舞いをチーム全体が感じ取れるとよいのかもしれません。

チームの勝敗は1人のプレーに還元できない

 東京オリンピックの3位決定戦の試合後に久保建英選手が涙を流していたシーンは、多くのサッカーファンが目にしたと思いますが、個人的には違和感を感じました。それはチームの勝敗は1人のプレーに還元できるものではなく、チーム全体で背負うべきものだと考えているからです。これは中村FROも同様の問題を提起していました。

中村憲剛「選手なので責任を背負うのは当然だと思いますし、そのプレッシャーに打ち勝ってこその代表選手だと言われれば、そうかもしれません。ただ、そこまで個人が背負うものなのか、周りも背負わせるべきなのか──。」
(引用元:中村憲剛「【メキシコ戦、中村憲剛解説】久保建英の「涙」に考えさせられた「個人とチーム」責任の背負い方【東京オリンピック】(1)」サッカー批評Web<https://soccerhihyo.futabanet.jp/articles/-/90590>)

 そして試合後に涙を流した旗手に対しても似たようなことを思いました。もちろん責任感は各選手に持ってほしいですし、とりわけ主力として戦う旗手には強く持ってほしいと周囲は考えているでしょう。また強い責任感がより良いプレーに繋がる時があるのもわかります。
 ただ一方で、責任感の強さは諸刃の剣であり、良くない方向に出る場合もあります。中村FROは上の記事で、メキシコ戦ではメンタル面の追い込みが良い方には転ばなかったことを示唆しています。
 特に個人の選手が自分自身にのみ責任を負い始めると、課題の原因がぼやけます。個人ではどうにもならないような全体の課題に対しても、自身のプレー改善で対応しようと考え始めますが、それでは根本的な解決にはなりません。その意味で「自分にベクトルを向けること」にはバランス感覚が必要なのです。
 中村FROの問いかけは、彼自身が長年川崎が優勝できない原因を自分自身に求めてきたことを思うと、より重みを感じます。「自分にベクトルを向ける」だけではチームの課題は解決できないこともあることを、川崎Fは知っているはずです。そうしたクラブの偉大なOBの経験も、チームに還元していってほしいです。

 なお鬼木監督も旗手の様子は見えているので、サポートしてくれることでしょう。

── 試合後、旗手選手が落ち込んでいたように見えたが?
鬼木監督「単純に悔しいのだと思います。1人で何か背負っているのかもしれないですが、何かやってやろうという思いが強いのかもしれない。それは良い面でもありますが、1人で抱えるものではない。そこは自分も交えて話したいと思っています。」
(引用元:川崎フロンターレ公式HP「ゲーム記録:2021 J1リーグ 第25節 vs.サンフレッチェ広島」<https://www.frontale.co.jp/goto_game/2021/j_league1/25.html>)

おわりに

 鬼木監督は自分たちにベクトルを向けていましたが、アウェイ連戦が続き、コンディション調整が難しかったのは事実として認めるべきでしょう。前半のパスの乱れや、セットプレーからゴールに迫れないのは、戦術的なトレーニングの時間を確保できない状況もありそうです。とはいえ関東外の連戦はもう少し続くので、見えている課題も騙し騙し誤魔化していく必要があります。

 さて気づけばマリノスが勝点差4に迫ってきました。ですが独走状態はリーグ前半にホーム連戦が続くなど、日程面でのアドバンテージがあったことを踏まえると、帳尻があってきたのかなと個人的には思っています。ですので、「終盤戦を少しリードして迎えられた」くらいに考えて、無敗優勝は横に置いてサポートしていきたいなと(どうしても意識はしてしまいますがてん)。

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