~移植と昏睡③~
前回の続きになります。
一般病棟に移ることができたのは7月の上旬でした。とはいえ身体は満足に動きません。
食事も取れず、歯磨きも出来ず、歩くことも出来ず…。
結局のところ、病棟が変わったからといって自分の生活に劇的な変化はありませんでした。投薬がどこまで効くのかというところがメインテーマとなっており、数日後にはリハビリが始まっていました。
▼ 食事
まず最初の課題になったのは食事です。
少しずつ 口からではなく栄養を取ろうという流れになったのですが、正直ほぼ流動食の様もので、全く箸が進みません。
当時の目標は、早く他の患者と一緒の様な病院食を食べることでした。しかし、体が結局病院食をだんだん受け付けなくなり、最終的にほとんど食べられなくなってしまいました。
いわゆる『味覚障害』というやつで、匂いや味なども含めて様々な要因で食べられるものの範囲が狭まっていきます。
自分が食べられるものは何なのか…。模索しているところではありますが、正直現時点でも改善の見込みは見えません。
▼ 投薬
薬に関しては私の方で何か申し上げることはないかと思います。ただ、副作用や様々な体の変調に多くの薬が使われていることは事実です。
基本的な副作用とは別に、尿カテーテルを抜いたことに寄る夜中に度重なる トイレとの往復や睡眠不足など、様々な変調が体には現れます。
薬には当然副作用があり、新しいものを投与されると新しい副作用が出てくるもぐらたたきのような状態です。
その中でなるべくベターな状況をもたらす様な工夫をして頂いたと思っています。現状では十数種類の薬を摂取していますが、これが将来無くなる様なことがあれば大変幸せだと思います。
…いつになるかは分かりませんが。
▼ リハビリ
生活の一部となったリハビリですが、身体は本当に思う様に動きませんでした。主に上半身と下半身を別々にリハビリするのですが、指先に力が入らず自分の名前すら書くことができない状態からのスタートでした。
今となっては遠い昔のように思いますが、自分の 書いた文字を時系列ごとに追っていくとそう遠くない過去に「こんな字を書いていたんだ」と今しみじみと思います。
パソコンが打てたり、スマホを使えたりとなったのもICUを出てから 1ヶ月近くが経ってからになります。 現在は手にはそれほど痺れといったものは残っていません。
一方で足にはそれなりのダメージがありました。
人間の筋力は使わないと衰えるもので、寝たきりの生活をしていた私の足は 驚くほど細くなっていました。
リハビリの先生からは筋肉が衰えるスピードは予想以上に早いので、これを取り戻すには「入院の倍以上の時間がかかるよ」と言われています。
日々様々な器具を使いながら歩く訓練や、負荷を抑えた自転車での訓練といったものを続けています。
ただ、その中で右足と左足に大きな差があることに気づきました。左足が痺れて感覚がない箇所が複数あるということです。
これはしばらく足を使わなかったことで神経の伝達がスムーズにいっていないことが原因ではないかと言われています。
具体的にいつ治るのか確認したところ「直るかどうかもわからない」と回答がありました。もちろん「治るかもしれない」という補足付きですが、人間の神経の回復は1日1ミリ程度と言われているそうで、私の場合は「20センチほど神経が通っていないのではないか」と言われました。
もちろんこの数値が正しいかどうかも分かりませんが、数ヶ月から年単位で足が回復していくことを願うばかりです。
▼ さいごに
ややネガティブな書き方になっていますが、病院側からはとても褒められています。
正直、リハビリや食事の摂取の速度は、病院側の想定をはるかに超えるスピードで出来る様になってきているとの評価でした。
ただ、私の心情としては「なぜそんなに褒められるのか」「大したことは出来ていない」という感覚にあります。
人間とは比較することで自分の現在地を確認する性質がありますが、これは私が『健康時の私と現在の私を比べている』のに対して、病院側は『ICUで倒れていた時の私と現在の私がどこまで回復しているのかを比べている』という違いがあることに後々気づきました。
そしてICUにいた際の私について、あまり誰も語りたがらないということも同時に気づかされました。
その理由は次回以降にお話をさせて頂きたいと思います。
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