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~皮膚生検の結果と今後~

体調の経過報告については前回から多少時間が空いてしまったが、時系列を追ってここに記載していこうと思う。

結論から申し上げると、あまり良いことは書いていない。


▼ 12月上旬

皮下腫瘤の一部が表出してきたことにより皮膚生検を行うことについては、前回記載している通りである。予定通り12月上旬に皮膚生検が行われ、結果を待つ運びとなった。

その間私に起きていたこととしては、子供から風邪を貰ってなかなか咳が止まらないという状況であった。

今となっては免疫の低い状態を危険視して子供から離れるということも出来たが、具合の悪い子供や妻を残して自分だけ実家に避難するという選択肢は到底選択出来なかったし、選択しなかったことについても後悔はしていない。

だが、結果的にこの選択が後の私を苦しめることになる。

▼ 12月中旬

12月上旬に行った皮膚生検の結果を12月中旬に聞きに行く。

だが当日の私の血液検査の結果は芳しくないものであり、そのまま入院となる。検査結果は両肺に炎症が出来ており、点滴の治療が始まった。

予防として様々な薬を服用していたわけであるが、実際自分の抵抗力は想像以上に低いということが改めて分かる。

子供も妻も風邪をひいたが、重症化しているわけではない。

私だけが肺炎で入院を余儀なくされるわけであるから、今後もこういった点には注意しなければいけない様な体調であるということは改めて自分自身で理解しなければいけないと感じる。

ちなみに皮膚生検の結果については、入院中に知ることになる。やはり悪性リンパ腫であり、元々再発をしていることは知っていたがその状態がやはり継続しているということが明らかになった。

そこで今後の治療方法についても改めて検討されることになるのだが、先ずは罹患している肺炎の状態が良くならなければ何も始まらないというわけで、現在に至るまで入院して治療しているところである。

▼ 12月下旬(現在)

その中で改めて私の血液の状態を検査したのであるが、移植後から一向に貧血が治まらず、弟から移植された造血幹細胞が正常に機能していない可能性を危惧された。

二次がんとして『骨髄異型性症候群』が真っ先に疑われた。

ごくごく簡単に書くと、血液の製造工場である骨髄が正常に血液(白血球、赤血球、血小板等)をつくれていない状態である。

骨髄検査が行われ、中間報告では現状発症とはなっていない様である。だが、抗がん剤の使用や様々な治療によって私の体は明らかに強さを失っている。今後どの様なことになろうかは神のみぞ知る状態であるが、もう昔の私ではないということを改めて認識せざるを得なかったというのが正直なところである。

結果として悪性リンパ腫の治療としては再移植という選択肢も検討されたのであるが、以前私が移植によって死にかけていることや現在の私の体力等を鑑みると、移植することそのものが死を意味することになってしまう可能性が非常に高い。

そのため再移植は、選択肢としては今の時点では省かれることになりそうである。

だが、骨髄異形成症候群であるということが仮に判明した場合、血液の製造工場がそもそも壊れてしまっているので再移植という道を選択せざるを得なくなるというのは先にここに記しておこうと思う。

『死の選択』に自ら飛び込む他ない。

▼ 現状の指針

現状では新しく開発された飲み薬による抗がん剤での一時的な治療がまず第一に挙げられている。

これは『寛解を目指す』ということよりかは『癌の進行を抑える』という意味で服薬することになりそうである。

元々も私の悪性リンパ腫(T細胞型)は高齢者に多い癌であって、治療という視点では無く延命という視点で薬が開発されることが多い。

よって、生存が仮に『一年伸びれば成功』と言われる薬が開発されることが多いため、私としてもそれを服薬して様子を見ようとなった。今は『保留』の様な選択肢が先ずは取られることになる。

そして次に検討されるのが『リンパ輸注』である。

弟から貰った造血幹細胞は、現時点では正常に血液を作り出していると判断されている。私の悪性リンパ腫へも微力ながら攻撃をしてくれている状態にあるので、改めて弟から造血幹細胞でなく成熟したリンパ球をもらい、それを癌細胞への攻撃の応援に使用するというイメージになる。

ただこれも入院を伴う形であったり、GVHDを含めた副作用の危険性も当然あるわけであって、簡単に選択できるかどうかはわからない。

年明けに改めて地元の病院ではなく都会の大学病院で話を聞いた上で検討されることになりそうである。

これが今の私の状況である。

▼ さいごに

悪性リンパ腫を発症し、再発を繰り返して早や3年になろうとしている。今回も強い言葉を使って文書を書いている部分があるが、治療の選択によっては私も命を落とすことが十分にありえる。

今年になってからTwitterを使い始め、多くの人達とやりとりをすることに加えて多くの人たちを見送ってきた。

『死』とは遠いどこかにあるわけではなく、もっと身近にあるということを改めて日々感じさせられる。今も私と同じように戦っている人がいるし、戦うことや抗うことを諦めざるを得ない人たちもいる。

自分の選択肢はこれからどうなるのか正直なところ全くわからない。

座して死を待つことがあるのかもしれないし、最後まで抗った上で天命を全うするのかもしれない。

タイトル画像に用いた言葉は、今の私にしっくりくる部分と考えさせられる部分が同位している。言葉としては第2次世界大戦を題材にしたアニメにて発せられた言葉であった。

自分の言葉としてしっかりと纏めたいと思ったので、改めて別のNoteにしようと思う。

ではまた次回、お会いしましょう。

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