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うちで犬を飼っていたことを、わたしは知らない。

うちにはヨークシャテリアのつがいがいた。名前はキャンディとキャビン。母がペットショップで一目惚れしたらしい。

こんにちは、こんばんは。
くりたまきです。
今日は我が家にいたお犬さまのお話です。

とても血統のよい高価な犬だったそうなのだけれど、一目惚れにはそんなことは関係ない。母が家に連れ帰り、当時付き合っていた父と世話をした。

だそうだ、父によると。

「え、じゃあお父さんが気づいたら家に犬がいたの?」
「そうだね」
「お母さんから相談とか」
「なかったね」

いつまで経っても両親の関係性が謎だ。

とにかく、家に犬が、キャンディとキャビンが来た。二匹は仲良しで、子どもも三度ほど産んだらしい。

「おれの股のあいだで生まれたのよ」
「ふふ、お父さんが出産したみたい」

その夜のキャンディはずっとそわそわしてて、父の布団のなかに潜り込んでは出て行っての繰り返しだった。

「おれはもう寝れなくて勘弁してくれよって思ってたの。そしたら、なんか股のところからピイピイ声がして。布団をどかして電気つけたら、生まれてた」
「そのとき、お母さんは?」
「ちょうど実家に帰ってたんじゃないかな」

不慣れな父は急いで電気あんかを買ってきたり、お世話をしたのだという。「もうすごくかわいかった。子犬はねえ、もう」と、父。そうしてすくすくと育った子犬ちゃんたちは、親戚やほしいという人たちにもらわれていった。

その後、わたしが生まれた。くりた家の長子である、わたしが。

「ちいさなお前が泣き出すと、あいつらもそわそわしてさ。おれたちのところに来るのよ。『あの子泣いてますよ』って感じで」

わたしはキャンディとキャビンにずいぶん気を遣わせていたみたいだ。


一緒に仲良く暮らしていたわたしたちだけれど、思いもよらない別れが待っていた。わたしが二歳のとき、動物アレルギーになってしまったのだ。

症状としては動物の毛がダメで、鼻水が止まらなくなってしまったり、目が腫れて涙が止まらなくなってしまったり、肌が痒くなってしまったりする。からだが弱く、病院通いをしていた幼児だった。

もう犬と暮らすことはできない。親は泣く泣く、キャンディとキャビンを手放すことにした。

すべて、わたしには記憶にないできごとだ。

「すごい賢くて、いい犬たちだったよ」

話す父の横顔は、やさしくて穏やかだった。わたしの知らない思い出を見ていた。

キャンディとキャビンと一緒に暮らした、からだの丈夫な自身の幼少期を妄想してみる。二匹と散歩をしたり、お風呂に入れたり、毛を梳かしたり。

うちで犬を飼っていたことを、わたしは知らない。

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