毎日1行でも書く。さいごまで書ききる。そして書き直す。【浅生鴨さんと2022年08月10日の夜②】
栗田:小説を一度書き終わると、不思議なことが起きる……ですか?
浅生:そう。なぜか書き終わると「あれ? “ここ”と“ここ”って、つながるぞ」っていうマジックが起きるんですよ。最後に出てきたエピソードとか単語とかが、実は前半のうちに密かに登場してたり、似たようなことが書かれたりしてると気づくんです。
そのポイントを見つけると「あっ、自分はつまり、こういうことを言いたいんだな」と、その段階になってはじめてわかる。そこからもう1回書くというか、ものすごく書き直す感じかな。長編になると、とくにそうですね。
よしザわ:長編と短編だと、書き方とか意識するところは変わりますか?
浅生:……いや、変わらないんですけど、長編は長いからめんどくさい。
栗田:(笑)
浅生:ただ長編だとすごく助走期間がすごく長いから、人の心を動かしやすいことは間違いなくて。たとえば15秒のコマーシャルでは泣かせることはできないんだけど、2時間の映画なら泣かせることはできる。やっぱり時間がちょっと必要な作品は、長編にしたほうがいいかな。短編も驚きとか笑いとかは、まあまあ組み込みやすいんだけど、ジーンと胸を打つっていうのはむずかしくて。
よしザわ:なんだか薄っぺらくなっちゃいそうですね。
浅生:頑張って、短いなかでも読んだ人がグッとくるようなものも書こうとはしてるんだけど、大変ですよね。まあ、できなくはないんですよ。あざといテクニックを使えば全然できちゃうんだけど、それは卑怯だなと思ってます。だいたい、ノスタルジックな話にするとキュンとなるんですよ。
よしザわ:エモい感じにすれば……。
浅生:そうそう、でもそれはすごい卑怯なんで。エモいものも、ひとつの作品としてうまく着地できるといいんだけど、ぼくはあんまり好きじゃないんだ(笑)。
栗田:長編短編に限らず、一度書いてからがほんとうのスタート地点なんですね。
浅生:そうです。小説は書けば書くほどうまくなるし、「直す」作業をとにかくやるのがいいです。
いつだったかなあ、過去に同人誌をつくったとき、参加してくれる著者全員にぼくが直す過程を見せたことがあるんですよ。初稿から最終稿を書き終わるまでずっと、毎回 PDF を送るっていう嫌がらせをしたんです。
栗田:めっちゃ見てみたいです。
浅生:そのときも、最初に書いてたものとまったく別のものが最後にできあがってる。30回ぐらい直したのかな。
よしザわ:すごいなあ。
浅生:書き直せば書き直すほどよくなるのは、間違いない。古賀史健さんが『取材・執筆・推敲』の本で「推敲が大事」って書いてるのはほんとうにその通りで、それは小説も同じ。小説は推敲すれば推敲するほど、自分の関心の在り処や、なにをテーマと思ってるかがわかってくるんです。
そこがわかると、あとから惜しみなくガラッと書き換えられるんですよ。もう自分の言いたいことがわかるから、取捨選択ができるようになる。だから、「自分を見つけるためにまずは書く」みたいな感じですかね。
よしザわ:今回小説を書くとき、私も1回は書き直したんですけど、まだ全然足りないですね。
浅生:もうね、嫌というほど書き直すといいですよ。そのためにも、毎日書くのは大事なことで、1行でもいいから必ず書く。ピアノの練習と一緒で、書かない日があるとそのぶん下手になるとぼくは思ってるから。
よしザわ:毎日……そうですよね。
浅生:そうやって、うまく書けなくてもいいから、まずは最後まで書くっていうのがすごく大事。オチがうまくいかないとか、途中で話がよれちゃったとか、そういうのはあんまり気にしないでいいから、とにかくお話を最後まで書ききってみる。
そうすると、そこから直す作業に取り掛かることができるから。書き終えてないと、直しようもないからさ。
栗田:文章を書いていて、途中で迷子になって書くのをやめてしまうこともあります。でもそうではなく、とにかく一度書き終わらせるんですね。
浅生:そう。ぼく、ちょうど本のゲラに朱字を入れて編集者のところに持っていく最中なんですけど。いまぼくが持ってるゲラは第2稿で、第1稿でたぶん7割ぐらい朱字入れたんですよ。まっかっか。第2稿もやっぱり3割ぐらい朱字を入れてる。9月13日に出る本だから、この時点で3割も修正してる場合かよって感じなんですけど(笑)。
よしザわ:(笑)
栗田:(笑)
浅生:それでも、ここの格助詞は「の」じゃなくて「が」に直したいとか、「どうしてもこの一文を入れなきゃいけない」っていうのに気づいたりとか、いろんなことが出てきちゃって。
いまから編集者の家に届けに行くんですけど。まあ、こんな夜中にゲラ渡されたってどうすんだって感じですけどね(笑)。しょうがない。
よしザわ:編集者さんも大変だ(笑)。
浅生:ぼくが悪いわけじゃなくてね、ぼくに発注した編集者が悪いんで。「わかってるでしょ? そんなの」っていう話です。
よしザわ:……じゃあ編集者さんが悪いです(笑)。
浅生:最初に依頼を受けたときに「ぼくは最後の最後まで、朱字入れまくって直しまくりますよ」って言ってあるので、それは覚悟はしてると思うんです。ただあの……締め切りを大幅に過ぎてから直すとは思ってないだろうから、そこだけですよね、編集者の誤算は。
よしザわ:約束通りではありますから、しょうがないです。
浅生:そう、しょうがないです。しかも読み返したらおもしろいんで、「あっ、もうおもしろいから、いいや」と思って。
よしザわ:楽しみです。9月13日発売ってことは、いま予約受付中のあの本ですよね?
浅生:そうです、『ぼくらは嘘でつながっている。』という本がダイヤモンド社から出ます。この本ね、ジャンルがよくわからなくて。
よしザわ:「考え方」みたいな感じですか?
浅生:うん、そうね。物事の捉え方とか、世の中との向き合い方とか。といいつつ、「ぼくはこんなことを考えてるんだよね」って言ってるだけかもしれないし。あと、あんまり詳しく言わないけど、読むとみんなびっくりすると思います。
栗田:わあ、楽しみ。
浅生:「あの古賀史健の『嫌われる勇気』とかを出版しているダイヤモンド社の本で、こんなことしていいんですか?」ってくらい、わりと前代未聞なことをいっぱいやってます。
よしザわ:すごい楽しみです。
栗田:もう予約してあるので、あとは届くのを待ってます。
浅生:ありがとうございます。
(つづきます)