退去する部屋とのさいごの時間。
明け方、やっと荷造りが終わった。こんな堕落した人間になるつもりはなかったのに。己の性格を呪おうとして、へとへとなので諦めた。呪うにもパワーがいる。
こんにちは、こんばんは。くりたまきです。
すべてのダンボールを封印しおえて、ポカリを飲む。どっと疲れが襲ってくる。でもまだ終わりじゃないのだ。
ひと休みして、シンクを磨き、トイレ掃除をし、掃除機をかける。
ぶっちゃけ、どうせクリーニングが入るのだから、どれもしなくてもいい。そこまでわかりやすく汚れてるわけでもないのだし。でも、そうせずにはいられない……荷造りを直前までだらけてたくせに面倒な性格をしているもんだなあ。
この部屋には3年ほど住んだ。
この3年のあいだに、部屋をきれいに保つこと、断捨離をすることをやっと覚えはじめたような気がする。ちゃんと生きるには、まずちゃんとした環境を自分に用意してあげること。ひとり暮らしなのだ、自分の意思ひとつで部屋は変えられる。
不動産屋さんに猛プッシュされて選んだのは、陽当たりがよい角部屋で、クローゼットが大きいのもうれしかった。コンロはひとつ、まあでもレンジと電気ケトルがあれば大丈夫だ。バストイレ別で、独立洗面台があるのも高ポイント。好きな部屋だった。とくにストレスもなく、穏やかに暮らせる条件が揃っていた。
友だちがなんども遊びにきてくれた。一緒にお茶する時間がしあわせだった。
机にかじりついて文章を書く日もあった。
だらだらと漫画を読んで過ごす日もあった。
いろんなことを思い出しながら、部屋をきれいにしていく。
朝9時前に引っ越し屋さんが来て、テキパキと荷物を運び出してくれた。時計の針が2倍速で回っているのではと思うくらいの手際のよさ。
1時間ほどですべてを運び出していった。
お礼を言って見送ってから、わたしはゆっくり部屋の床全面を拭いた。冷蔵庫の下や本棚の後ろだった部分を重点的に、玄関まで念入りに。
すっきりした部屋を眺めて、正座して礼をした。
「今までありがとうございました」
ものがない部屋では、不思議なくらい声が反響した。
もう二度とこの場所へ戻ることはないだろう。新しい場所へ進むと決めたのだから。とくに感傷はないけれど、感謝の気持ちが静かに満ちていた。
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