見出し画像

短編小説「闇鍋風鍋」#KUKUMU

「闇鍋やろうぜ」と突飛なことを言い出したのは、アキだった。
大学の食堂でテーブルを囲んで、同級生のいつもの四人でカツカレーをかきこんでいたときのことだ。昼休み前の授業の空き時間、食堂はまだ人もまばらで、アキの弾む声がよく通る。ぼくが顔を上げると、サトキもソウも、もぐもぐ口を動かしながら、怪訝な顔をしていた。アキだけが、にやにやしている。

一瞬の沈黙。サトキがゆっくり首を横に振った。
「パス」
「なんでだよっ!」
アキが唇を突き出す。「言葉は荒いのに表情が豊かで憎めないところ、アキはあれで得してるよな」とポーカーフェイスのサトキが以前言っていたことを思い出す。
サトキは若干ズレたメガネの位置を直しながら、淡々と答える。
「うまくないもん、食べたくねえもん」
「確かになあ。サトキ、食べるの好きだもんな」
サトキの小学校からの幼馴染で、彼のことをよく知るソウがほっとした顔で頷いている。これは闇鍋を回避できそうだ。
「リクはどうなんだよ」
話を振られて、ぼくも口を開く。
「うーん。寒くなってきたから、鍋するのはいいけど、闇鍋はちょっとね」
「じゃあさ、闇鍋風鍋にしよう!」
名案! という顔でアキがのたまった。

アキが前のめりで説明しだす。
ふつう、闇鍋は参加者がそれぞれ内緒の食材を持ち寄って、暗いなかで調理して食べるものだ。どんな鍋になるか、まったく想像がつかないスリルを楽しむ。だけど今回は、食材は四人がお互い内緒で持ち寄るものの、その食材を明るいところで鍋にするのだ、と。

「それならいいだろ」
「……もうそれ、闇鍋じゃなくない?」
真面目なソウの控えめなツッコミが入る。
「どんな食材が集まるか、わくわくするじゃん!」
アキはめげない。サトキが諦めたようにため息をついた。
「わかった。でもあれこれ食材持ってくるのはなし。ひとつずつ持ち寄るなら、味もやばいことになりにくいでしょ。あと、リクが料理してくれるならいいよ」
「いいよ。うちでやろうか」

ひとり暮らしするぼくの部屋が、いちばん大学から近いのだ。だから集まるのは大抵ぼくの部屋。そして、四人のなかでいちばん自炊に慣れているのもぼくだ。この春に出会ってから何度もごはん会をしてきたから、サトキはぼくのつくる料理に信頼を置いてくれている。

「よっしゃ! じゃあそれぞれひとつ食材持ち寄って、金曜日、いつもの時間にリクの家に集合な。スーパーとかでお互い鉢合わせないように気をつけるよーに! 食材は、紙袋とかパッと見でわかんないやつに入れてきて!」
はしゃぐアキに、ソウが釘を刺す。
「ねえアキくん、チョコレートとか、タピオカとか、くさやとか、そういうのはなしだからね」
「も〜、わかってるって!」

料理をつくるのは好きだし、得意なほうだけど、闇鍋風鍋かあ。カツカレーを食べながら、シュミレーションする。まあ、困ったら最終的にカレー味にしてしまえば、なんとかなるだろう。……多分。

******

闇鍋風鍋をするため、ぼくのワンルームに四人が揃った。全員こたつに足を突っ込んで、ひとまず茶をすする。まだみんなハタチ前だから、いつも飲みものはお茶とか、でっかいペットボトルの炭酸。こっそり酒を飲もうとするやつはいない。

今日はほうじ茶を淹れた。以前ソウが自身のおじいちゃんがつくっている茶葉を持ってきてくれたのだ。香ばしい香りが部屋中に広がって、気分がほっこりする。

そういえば、英語のクラスで隣の席の女の子に、ぼくたち四人はなにをして遊んでるのかと聞かれたことがある。この子、サトキのことが好きなんじゃないか。なんて邪推しながら普段のごはん会のことを話したら、「あんたたち、渋いのよ。でもまあ、それでいいのよ」と肩を叩かれた。確かに、派手に遊ぶメンツではないけれど、なんだかなあ。ほうじ茶を飲みながら、そんなことを思い出す。

闇鍋風鍋の食材発表は、言い出しっぺのアキからだった。
「じゃじゃーん! おれが持ってきたのは、舞茸! でっかいだろ?」
アキの言う通り、でかい。彼のアタマと同じくらいのサイズの株だ。見るからにおいしそう。しかし、きのこ。どうしよう! ぼくは慌ててしまった。
「えっ! じつは、ぼくもきのこなんだ……」
「リクも? きのこって、うまいよな〜」
サトキとソウが気まずそうにちいさく手を挙げる。
「おれも」
「ぼくも」

全員、かたまった。ぼくたちは、揃いも揃ってきのこを持ち寄ってしまったのだ。誰も悪くない。でも肉も魚もない。主役不在、地味闇鍋風鍋。「あんたたち、渋いのよ」という英語で同じクラスの彼女の言葉を思い出す。うん、これは、渋い。

「どーすんだよ! 誰かしら肉持ってくると思うじゃん!」
「そういうアキが肉持ってくると思ってた」
サトキの言葉にぼくも頷く。

全員の話を聞くと、こうだ。
アキは、「肉を持ってくなんて、王道過ぎてつまんない」と思って食材探しをしていたところ、八百屋さんででっかい原木舞茸を見つけて、そのでかさと珍しさに興奮して買ってきたらしい。
サトキは、えのき茸。味や香りにクセがないから、ほかの食材がどんな突飛なものでもあわせやすいと思って選んだ、というところに彼の性格が出ている。
ソウは、しいたけ。彼のおじいちゃんが田舎で原木しいたけを栽培していて、秋にはたくさん送ってきてくれるのだという。
ちなみにぼくは、ひらたけを買っておいた。むかしから言う「香り松茸、味しめじ」のしめじはぶなしめじではなく、ひらたけのことで、味がいい。ぼくはきのこのなかでいちばん好きだ。

「えええ〜、どうしよう〜。リク〜」
こたつの天板におでこを擦りつけながら、アキがぐずる。
「えーっと、卵はあるんだよね?」
「ああ、もしすき焼きみたいな鍋になったら必要かなって思って、タレ枠の食材として買ってきた。おれ、えのきだけじゃ食材費安かったし」
サトキが10個入りの卵のパックをスーパーの袋から取り出した。
「じゃあちょっとズルだけど、あんかけ卵きのこ鍋にします!」
ぼくが宣言すると、あんまりわかってなさそうな顔の三人が、炭酸の抜けたサイダーみたいな拍手をする。わからないけど頼むわ、ってことだ。

どん、とこたつ机の真ん中に、卓上コンロと大きな土鍋を重ねて置く。どっちも実家から持ってきたやつ。
「みんな、ここに持ってきたきのこを手で割いて入れてって」
「洗わないのか?」
とアキが舞茸をつつく。
「きのこの風味が落ちるから、基本洗わないね。汚れてたら、濡らしたキッチンペーパーで軽く拭いといて」
続けて、ソウが不思議そうな顔をする。
「包丁で切らないの?」
「割いたほうが、包丁の金気も移らないし、断面が大きくなるから味ものりやすいんだよ。楽だし。あ、石づきあるものは包丁で落として。しいたけだけはぼくが切ってくるね!」
ぜんぶ母さんからの受け売りだけど、アキもソウも感心して作業に取り掛かった。

ぼくはせまい台所に立って、ソウの持ってきたしいたけをスライスする。さすが原木しいたけ、肉厚で香りがいい。アキの持ってきた舞茸もかなり匂いが豊かだったから、かえってシンプルなきのこ鍋のほうが素材の味を楽しめるかもしれない。男子大学生が四人揃ってきのこだけっていうのも、ちょっと物足りないけど、味はいい鍋になるはずだ。

「アキ、あんまり細かく割きすぎるなよ」
「はいはい、サトキは性格が細けえなあ。うわっ、手がきのこの匂い〜!」
「リクくん、鍋にきのこ全部収まらないよ! どうしよう!」
騒がしい、いつもの雰囲気に口元が緩む。
「大丈夫、火を通したらかさが減るから」
ソウに返事をしながら、鍋の味付けの細部をイメージする。

きのこの旨みはばっちりあるけど、肉や魚がないと、ちょっと物足りない。水と一緒に、コクや旨みをプラスしてくれる料理酒用のパック入り清酒をちょっと多めに鍋に入れる。清酒は、あとから入れる調味料の染み込みもよくしてくれるのだ。

「鍋にお酒、けっこう入れるんだね」とソウ。
「旨みが出るんだ。ちゃんと煮立たせるから、アルコールは飛ぶよ」と説明すると、頷いていた。ソウはお酒のちょこっと入ったお菓子でも顔が赤くなるから、気になったんだろう。

鍋が沸騰するまでのあいだに、アキに卵を4つ割って溶いてもらう。具材がきのこだけだから、ボリュームを出すために卵は多めだ。
沸いてきたら、中華調味料と塩、醤油を入れて味付け。溢れんばかりだったきのこも、無事にかさが減って鍋におさまっている。

「はい、味見して〜」
「おれ! 飲みたい!」
豆皿にすくって、アキに渡す。味見をすると、ニカッと笑ってグッドサインをくれた。
「おれも」
サトキも豆皿に汁をすくって口にする。うまい、とちいさなつぶやき。
「卵、このあと足すんだよな。そのぶん塩をもうちょい入れてもいいかも」
なるほど。的確な意見に、味を調整した。
最後はソウに味見して確認してもらう。飲むとにこにこして、やさしそうな下がり眉がさらにハの字になった。OKだ。

味が決まったら、水で溶いた片栗粉を入れ、全体にとろみをつける。あとは、仕上げ。グツグツの鍋に、ちょっとずつ溶き卵を流し入れる。きのこだけで茶色い鍋のなかに、黄色の卵がたなびく衣のように広がって、グッと食欲をそそる見た目になる。

「うわああ、卵、ふわふわ! うまそう!!」
鍋を覗くアキ、大興奮。こういう反応をしてくれると、料理のし甲斐がある。

「さて、これで闇鍋風鍋、完成!」
「食べるのちょっと待って、写真と動画撮らせて。グツグツしてるところも撮っておきたい」
サトキは食べたものの写真を記録としてSNSに投稿しているのだ。アキは楽しいことをしたいとあれこれ企画をするのだけれど、意外なことにSNSはあまりやらない。「そのときめいっぱい楽しんだら、それでOKでしょ!」らしい。

一杯目だけ、ぼくがみんなのお椀に取り分けていく。
「いただきま〜す!」
四人の声が重なって、そのあとしばらく無言になる。

「うま〜! 最高!」
「きのこだけかって思ってたけど、いろんなきのこが入ってるぶん、旨みがあわさって超いいな」
「きのこによって食感もいろいろだし、ふわふわ卵が合う! リクくんすごいね」

アキ、サトキ、ソウの感想を聞いて、うんうん頷きながら、ぼくは立ち上がって台所から調味料を取り出す。
「味変もできるよ。胡椒を足すのおすすめ! ごま油やラー油を垂らしてもいけると思う」
両手を合わせて拝んでくる三人に、それぞれ調味料を渡す。

おかわりを繰り返し、闇鍋風鍋はあっという間に具材がすくなくなった。ひと心地ついたアキはこたつに足を突っ込んだまま、仰向けに寝転がっている。

「ラーメンの生麺を買っておいたから、シメはスーラータンメンにしよ」
「最高じゃん! さすがリク!!」
アキががばりと起き上がった。

チチチチ、パッ。卓上コンロの火を再び点ける。スープに千切りにした生姜と胡椒、ちょっとの一味唐辛子を入れて、最後にお酢を加える。卵もふたたび2個ぶん追加した。ほんとうは、たけのことかお豆腐を入れたいけどね、闇鍋風だから我慢。でも飾りってことで、最後に万能ねぎは入れちゃおう。小口切りにして常備してある万能ねぎを冷蔵庫から取り出しておく。

スープをスーラータンにアレンジしているあいだに、サトキに台所で麺を茹でてもらい、アキには電気ケトルでお湯を沸かしてもらった。

「この生麺は茹でたあと、一回水でしめるとおいしいんだよね。それから、ボウルにいれてケトルのお湯をかけるの。で、麺が軽くあったまったらザルにあけて、鍋に入れる」
ぼくの説明を聞いたサトキは頷いて、鍋のなかで菜箸をくるくるかき回す。
「リク、天才。この方法なら一口コンロでもできるな」
「そうなんだよ、台所せまくてもいけるんだ!」
こんなふうに、ちいさなよろこびを分かち合える友だちがいるのは、うれしい。

茹でて水でしめてから、再度あたためた麺を土鍋にうつして、とろっとしたスープにからませれば完成。ぼくが万能ねぎを散らすと、すぐに三人の箸が伸びてくる。

「んんん〜! 」
アキは唸りながら、麺を頬張っている。表情を見るに、うまいってことだろう。サトキは恍惚のため息を吐いた。メガネは湯気で曇っている。
「こんなシメ、はじめてだ。このために鍋は中華風の味付けだったんだな……すげえ」
「確かに、最初はぼく、きのこオンリーだから味噌味の鍋かなって思ってた」
「あ、ソウの言う通り、味噌もいいなと思ってた!それで雑炊にするのもうまいよね」
話しながら食べていると、あっという間にシメのスーラータンメンもなくなってしまった。

暑い。袖口で額の汗を拭ったぼくは、こたつの奥に置いてあるベッドに座り、曇った窓ガラスを開けた。鍋の湯気でしっとりした部屋の空気が、乾燥した夜の空気と混ざり合う。前髪を撫ぜる風が心地よい。

「なあ」と呼びかける声。振り向くとアキがすこし眠そうな顔で、つぶやく。
「うまい料理ってさ、生きてる〜って感じするよなあ」
彼の赤く染まった頬が幸福感に満ちている。
「わかるよ」とソウもいつにも増してにこやかだ。メガネを拭くサトキも、わずかに微笑んでいる。
ぼくはふと、母さんの口癖を思い出した。生成り色のエプロンをまとって、魔法のように瞬く間においしいものを次々とつくりだし、テーブルに並べていた母さんの言葉。
「食べるって言葉は、人を良くするって書くのよ。すてきでしょう」
クサいこと言うなあ、と思っていたけど。料理をするのも、食べるのも、やっぱりいいもんだ。

「で、次の闇鍋風鍋はいつやる?!」

性懲りもなく放たれたアキの言葉に、ぼくは鍋でふくれたお腹を抱えて笑ってしまった。

******

文:栗田真希
編集:よしザわるな

食べるマガジン『KUKUMU』の今月のテーマは、「きのこ」です。4人のライターによるそれぞれの記事をお楽しみください(今月は特別に5人)。毎週水曜日の夜に更新予定です。『KUKUMU』について、詳しくは上記のnoteをどうぞ。また、わたしたちのマガジンを将来 zine としてまとめたいと思っています。そのため、上記のnoteよりサポートしていただけるとうれしいです。

さいごまで読んでくださり、ありがとうございます! サポートしてくださったら、おいしいものを食べたり、すてきな道具をお迎えしたりして、それについてnoteを書いたりするかもしれません。