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レターパックで現金送れは全て詐欺なのか?

 私は、小さな頃からずっと考えていました。
 レターパックで現金送れは全て「詐欺」なのでしょうか。

 私は、先日友人からレターパックで現金を送れと指示しました。しかしこれは詐欺ではありません。単純な友情です。間違いありません。悪意もなく、騙す気もありません。

 相手との合意も取れています。相手も、私がレターパックで現金を送れと支持をすれば、その通り、レターパックに現金を入れ、それをポストに投函するでしょう。

 相手はとても信用できます。レターパックで現金送れは全て詐欺であることを知ってはいますが、私との金銭のやり取りに問題がないと思っています。

 そして私がもしレターパックで現金を送れと言われても、詐欺だとは思わない程の仲です。
 その人の名前は与謝内晶雄です。彼は警察官です。先日麻薬常習犯を左手一本で投げ飛ばし、表彰状をもらって、それを人に自慢しない男です。

 誰よりも正義感が強く、仕事熱心で、自己犠牲もいとわないような男です。警棒の使い方がとても上手なので、よく人から褒められますが、彼はそれを謙遜します。

 私は、彼が学生だった頃に知り合いました。当時の彼はレターパックで現金を送らせようとする者を容赦なく詐欺と見なし、ことごとくそういった輩を体育館の裏側へと連れて行き、「君、死にたまえ。君、死にたまえ」と自慢のこん棒で痛めつけていました。

 当時は警棒ではなく、うどんを伸ばすための棒を使っていたので、とてもリーチが長く、また殴られると激痛を伴いました。レターパックで現金を送らせようとする詐欺師からは「うどんの与謝内」と呼ばれ、恐れられていました。

 そんな男の存在を知りながらも私は、レターパックで現金を送らせたくなりました。何故ならば、レターパックで現金を送ることが本当に詐欺なのか、疑問に思ったからです。

 学生だった私は、色々な友人からレターパックで物を送らせるのを趣味としていました。ある人からはズボンを、ある人からは花瓶を。ある人からは優勝のトロフィーを。ある人からは青春の思い出とを送ってもらいました。

 けれども、レターパックで現金送れは全て詐欺、というのを皆が知っていたので、誰も私にレターパックで現金を送ることはしませんでした。そして私もまた、レターパックで現金を送らせることを全て詐欺だと理解していたので、要求することもありませんでした。

 ただ、心のどこかで、本当にレターパックで現金を送ることが全て詐欺なのかを疑っていました。

 そして、友人がある日私に肝臓をレターパックで送ってきたのをきっかけに、レターパックとは本来、全てを包みそれを相手へ送り届ける重要な役割を持った物質であると確信し、レターパックで現金を送らせたくなったのです。

 肝臓をもレターパックで送れるというのであれば、現金だって可能なのではないかと。

 しかし、この提案の結果私は「うどんの与謝内」に目を付けられ、詐欺師たち同様、体育館の裏に連れていかれました。

「君、死にたまえ。君、死にたまえ」

 そう言って与謝内はうどんを伸ばすこん棒を私に振り下ろそうとしました。私は懸命に叫びました。

「本当に、本当にレターパックで現金送れは全て詐欺なのか!? 私は詐欺の心を持ち合わせていない。すべて良心によって動いている!」
「悪は、死にたまえ」
「悪じゃない! 僕には悪意などない! なにせ、今まで一度たりとも動物を蹴ったり、人に嘘をついたことがないからだ! 嘘をついたことのない人間がレターパックで現金を送れと言うのは、まったくもって詐欺ではないはずだ!」

 それを聞いた与謝内は、よりこん棒を強く握りました。怒りが体からにじみ出ているのを、私は感じました。

「関係ない。死にたまえ。詐欺は悪とみなされたまえ」
「いいや。確かにレターパックで現金を送るのは全て詐欺だ。けれども、それはあくまで詐欺を注意喚起する文言であって、良心と互いの了承あって生まれた現金送れは詐欺ではないはずだ!」

 いつ振り下ろされるかわからないこん棒におびえながらも、私は続けました。

「君、続けたまえ」
「オレオレ詐欺を覚えているか。あれはオレ、つまり被害者の親族を装った詐欺師が金銭を要求する詐欺だ。しかし、あれは詐欺師が実行するからオレオレ詐欺なのであって、詐欺師でない人間が実行すればそれは詐欺ではないのだ!」
「わからん。死にたまえ」
「読解力を捨てるな与謝内!」

 その言葉が響いたのでしょうか、与謝内はこん棒を振り下ろそうとした手をひっこめました。

「もし、オレオレ電話を実行していたものが、本当に困っていればどうする! 本当に金銭が必要な状況なのに、金を出さない相手こそ悪だ!」
「つまり、騙されたまえと?」
「騙すのではない! 真実を理解するのだ!」

 私は彼の目をじっと見ながら、心の言葉を放ちました。

「全て詐欺と見做すのは、本来現金を必要としていたものを地獄へと至らしめる最悪の思考回路だ! 私は誰一人として地獄に落とそうとなどは思わん。君だって、正義に熱い男のはず。今日この国で生きる人が、地獄に堕ちようものなら、君はすすんでそれを助けるだろう!」
「では、私がレターパックで現金を君に送りたまえと?」
「その通りだ! ……私は困っている。レターパックで現金送れが、全て詐欺になってしまうということに」

 すると与謝内は私の手を優しく握ってくれました。
 それは彼に、私の心が伝わった瞬間でした。

「では、私は君にレターパックで現金を送る。そして、君は、私からレターパックで送られてきた現金を手にして、全てが詐欺ではないことを証明したまえ」
「ありがとう与謝内。君こそ私の心の親友だ」
「しかし、現金がない。少し待ってくれたまえ」
「君は金持ちだと私は聞いているが」

 そう尋ねると、与謝内は何か恥ずかしいのか、顔を少し赤くしながら答えました。

「いいや、妹の看病で底が尽きた。妹は元気を取り戻したが、いかんせん大病だったので多くの金を費やした。故に少々時間がかかるが、それを待ってくれると約束したまえ」
「わかった」

 体育館裏に、私と与謝内の友情をほめたたえるような風が吹きました。
 そろそろ季節は秋です。

「ちなみに、妹の名前はなんという?」
「たまえ」



 ◇ ◇ ◇

 今日は、その与謝内がレターパックで現金を送ってくれる日なのです。
 あまりに楽しみだったので、私は砂肝を四本塩で食べました。

 包丁を洗っていると、甲高いチャイムが鳴りました。窓の外を確認すると、配達員が手にレターパックを持っているが見えました。

 私は飛び跳ねながら玄関へ出て、配達員からレターパックを受け取りました。
 差出人、与謝内。内容物は現金!

「ああ、ありがとう。今日こそレターパックで現金送れが全て詐欺ではないと証明できる」

 私は早速部屋へと戻り、レターパックを抱きしめました。まるで恋人同士が街角で出くわしたときかのように。

 私はいくつものレターパックを抱きしめてきたので中に何が入っているのかをすぐ理解できる特技を持っていました。

 間違いない。このレターパックの中には現金が入っている。私は確信し、レターパックを開けました。



「…………騙された」

 思わずつぶやいてしまいました。
 現金が入っていなかったのです。

 代わりに、中には札束のように伸ばされたうどんが入っていました。

 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきました。だんだんと私の家に近づいているようです。

「ふざけるな! 私を騙した側こそ全て詐欺だろ! 私を悲しませる者こそ全て詐欺だろ! なぜ正義の天秤は騙す者よりも、レターパックで現金送れと指示した私を裁くのだ! 納得できん! 納得できん!!!」

 私は怒りのあまり、思わずうどんを壁に投げつけてしまいました。すると、うどんとレターパックの間に挟まっていた一枚の手紙が、衝撃によって中から飛び出してきたのです。

 それを拾い上げ、私は読みました。



『レターパックで現金送れは【全て】詐欺です』

 その時私は悟りを切り開きました。



 この世界の究極悪。



 強盗、放火、強姦、殺人、戦争。
 それらを全て超越した絶対的な犯罪。



 傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰。
 それらを全て従える唯一無二の悪魔。

 

 それが――――『レターパックで現金を送ること』…………。

「君は知りすぎた」

 背後でよく知る友人の声が聞こえてきました。
 いや、友人だった詐欺師。


 けれども立場上、私はこの詐欺師より悪人、そして悪魔でした。
 私はこの罪を受け入れることを選びました。なぜならば、レターパックで現金送れは全て詐欺なのだから。



「君、死にたまえ」



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