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「New体育論」を現場で話してきた

「休職して大学院で学んできたことを、職員に報告してほしい」

校長から依頼を受け、職場の同僚に向けて報告会を開いた。
報告会では、普段から本アカウントで発信している新しい体育理論を伝えることにした。従来から学校では体育を「しつけ(生徒指導)」や「規律訓練」をする場として捉えており、「体育=教育サービス」という考え方が強く根付いている。しかし、スポーツマネジメントを学び、体育は本来お金をかけて消費するスポーツ体験を無料で体験させる場として捉えた私は、「体育=スポーツサービス」という立場から、今の体育はここがおかしい!と指摘するようなプレゼンとした。

約1時間のプレゼンで、

・体育とは、マーケティングである。
・体育で「スポーツ観戦」をすることは、子供にスポーツを楽しませるのに非常に有効である。
・体育では「盛り上がって楽しむこと」が最優先で、教師がその楽しい空間を演出しなければならない。
・体育でスポーツをする体験を扱うときは、適切なゲームデザインをしなければならない。
・エビデンスに基づいた体育実践が必要である。

など、理論や修士研究の内容を中心に紹介した。(これらに関する詳細は、マガジン『New 体育論』をお読みください。今後も随時更新します。)

現場から依頼されたプレゼンなのに、現場を批判するというのは非常に挑戦的であるため、どこまで現場の教員に受け容れられるか不安を抱きながらプレゼンに臨んだ。


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みなさんは、体育を「教育サービス」と「スポーツサービス」のどちらと捉えていますか?

プレゼンの冒頭で、およそ30名の同僚に上記の質問をした。少し考えて挙手をしてもらった結果は、

全員が「教育サービス」に挙手をした。

これは想定内ではあったが、正直この質問の意味がピンときていないようにも見えた。体育をこのように捉えた経験がないのか、あるいは、両面を持つことはわかっていても、あえて分けて考えたことがなかっただけかもしれない。

「体育は学校教育の一環として行われているので、皆さんが『教育サービス』だと認識していることは当然なことです。しかし、今日これから話す内容は、すべて体育を『スポーツサービス』として捉えた時にいえることです」

どこまで伝わるか不安を抱えながら、こう切り出してプレゼンを始めた。そこからの1時間は、緊張感に包まれた時間だった(私が緊張していただけかもしれないが)。頷きながら、ペンを走らせながら、時折首をかしげながら、部分的に離脱しながら、同僚は私の話を理解するために真剣に聞いてくれていた。

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あっという間に1時間を話し切った。正直、手応えなど全くなかった。その後は個別に質問を受ける時間を設け、そこでのフィードバックだけで判断すれば、ある程度主張は受け容れられたように思える。

(そもそも否定的な印象の場合は相手にわざわざ伝えないため、肯定的なフィードバックしか聞こえてこないという選択バイアスは十分にあると考えられるが)

「感動しました。例えば、リレーをしているときに、自分のチームを応援する他の走者が立ち上がると、つい座るように注意してしまいます。でも、それは子供たちが心からリレーを楽しもうとするのを押さえつけちゃっているんですね。」
「体育では、楽しませようと始めても、どうしても些細なことから生徒指導になって”厳しさ”を出してしまう自分がいます。でも、それを改めなくちゃいけないなと感じました。」
「スポーツ観戦は、体育や運動が嫌いな子でも楽しめるという研究成果は、とても可能性が広がりますね。今までスポーツ観戦に目を付けた人は聞いたことがないので、これからどうなっていくか楽しみです。」

このように肯定的なフィードバックをたくさんいただけたことは、素直にうれしいし、自信を与えてくれる。しかし、一方で課題も突き付けられた。

「すごく納得しました。もっと話を聞いてみたいです。この考え方で実際に授業をするとしたら、どんな具体例がありますか?」
「アカデミック先生は英語ができるからいいよね。私たちにはあんなことは理解できないから、やり方だけ教えてもらいたい。」
「現場は理論よりも実践法を求めているから、あまり理論ばかりを説明してもなかなか聞いてもらえないかもしれない。アカデミック先生にはできても、他の先生にできなければなかなか広まらないし、そのためにはアイデアを形に残してもらえるとみんなマネできるよね。」

私の話に共感し、期待があるからこそのコメントであることは理解できる。しかし、理論を知ってするのと、知らないでするのは大きな違いである。

例えば「スポーツの楽しさ」を伝えるのに、教師が自分の経験で描いた「主観的な楽しさ」しか知らないのと、理論化されたスポーツの構成要素と個人のスポーツへの価値観(パーソナリティ)を掛け合わせた「理論上相性が良い楽しみ方」を知っているのでは、同じ授業でも指導の仕方が変わってくる。また、心理学やリーダーシップ理論を知っていれば、より的確なアプローチができるようになる。

授業の構成要素は
①扱う素材(教材)
②指導のデザイン(目標設定や授業の流れ)
③子供の実態
④教師の個人特性(パーソナリティや指導技術)
に大きく分けられる。これを体育に当てはめれば、

①扱うスポーツの理解(運動特性や楽しむポイント)
②ゲームデザイン(どんなゲーム設定をするか)
③子供たちの運動能力やスポーツへの価値観
④指導理論の理解(コーチングやリーダーシップ等)
ということになる。そう考えれば、上記の私へのコメントは「①や④はよくわからないけど、とりあえず②を教えてほしい」と言っているように聞こえてしまう。

私が今後果たしていくべき役割は、様々なスポーツの楽しさを反映させたゲームデザインを提案していくことである。すなわち、①を紹介しながらそれを活かした②をつくっていくことである。できるだけ多くの人が利用できる新しいアイデアを提案していきたい。勤務校にも「ゲームデザイン集」のような財産を残していけたらと思う。

その一方で、それを利用していただく方々にも、理論やエビデンスを多く知ってもらいたい。私自身が大学院で多くの④を学び、その結果指導観やアイデアが大きく広がったことを経験した。現場の忙しさは十分に承知しているが、よりよい指導のために必要なことであると、併せて伝えていきたい。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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