体育における「振り返り」の類型化

体育では、学習の”道しるべ”として学習カードが多く用いられる。学習カードには、ほとんどもれなく振り返りを記入する欄が設けられており、子供たちは毎回授業の最後に活動の感想や学びを記録する。

振り返りをどうして学習カードに書くのか?その振り返りにはどんなねらいや効果があるのか?私は懐疑的に見ていた。しかも、研究授業や公開授業のような「しっかり作りこまれた体育」ほど、この傾向が強いように思われる。

そこで、本稿は3つの観点から振り返りを類型化することを試みる。あなたがイメージしている「体育の振り返り」は、一体どれにあてはまるだろうか?

1.そもそも「振り返り」とは

振り返り(Reflection)とは、一言でいえば「その体験へのラベリングをすること」である。直前までの体験に意味づけをするように、「楽しかった」「うまくいった」「こうすればよいとわかった」など様々な”タグ”を付けていく作業である。このように印象への言葉付け(ラベリング)を意識的にすることによって、その体験を記憶させ、次の同じような場面で想起しやすくすることをねらいとしている。

したがって、この振り返りという作業には3つの軸があるとわかる。それは、
(1)意味づけする「タグ」にはどんな種類があるか(振り返りの”対象”)
(2)どんな方法でラベリングするか(振り返りの”方法”)
(3)どこまで遡ってラベリングするか(振り返りの”タイミング”)
の3つである。以下、それぞれの項目について詳細に述べる。

2.振り返りの”対象”

体験を意味づけするときに何に対してタグを付けるか、つまり「子供たちが振り返りとしてどんな内容を思い浮かべるか」には、いくつかのパターンがある。私はそれらを以下の4つにまとめた。

1)「フレーズ」としての知識
活動の中での約束事や動作のポイントなどがここに当てはまる。「開脚跳びでは手を遠くに着くことが大切」とか「チームのみんなと協力することができた」のような、指導者がポイントとして提示するような言葉である。一般論のような典型ワードや、指導者がオノマトペとして提示したパワーワードなど、子供にとって「フレーズ」としてそのまま残ったものが、振り返りによって再び意識化される。すでに誰かに言語化されたものが知識としては脳内に根付いているが、必ずしも運動感覚や身体表現に結びついているとは限らない。

2)主観的運動感覚
個人的につかんだ運動のコツなどがここに当てはまる。二重跳びやリフティングなど、反復練習をする際には必ず自己の身体操作感覚を無意識に振り返っている。そして、一度”体得”されたものは次の場面でも再現しやすい。思い出せるということは、その感覚への明確なタグ付けはできている。しかし、二重跳びができる人が必ずしもそのコツを言語化できるわけではない。このように主観的な運動感覚を非言語的に内省し、記憶させる場合もあるのだ。

3)客観的認知
自分の運動する姿を客観的にみると、主観的な運動感覚とのギャップに気づくことがある。自分では手を遠くに着いていると思っていても、実際にはそこまで遠くなかったり、チーム競技では味方や相手との距離感が感覚とずれていたりすることがある。つまり、このタイプの振り返りは「1)知識」と「2)主観的運動感覚」の一致を確かめるものである。このように、一度付けたタグの検証をするという二次的な振り返りも必要となる。自分自身の客観的な認知は環境が整っていないと実施が難しいが、できた場合は非常に効果的なものとなるだろう。

4)運動体験時の感情
運動とは、必ず感情が伴う。「楽しかった」「勝ってうれしい」「うまくいくか緊張した」など、感情に言及した振り返りも多数ある。これまでの3つのタイプと比較すると、1)は知的なもの、2)は感覚的なもの、3)は検証的なもの、そしてこの4)は心理的なものとして配置できる。アスリートの試合後のインタビューではこれが最も多く聞かれるし、一般のスポーツ愛好者もスポーツの最中やスポーツ後の「満足感」を求めている。運動体験時の感情は、あえて設定されなくても自然と振り返りされるものでもある。

子供たちが振り返りとして思い浮かべる内容は、以上の4つに分類できる。知的、感覚的、検証的、心理的のいずれか、またはその複合形としての振り返りが実施され、その運動体験への意味づけがされている。

3.振り返りの”方法”

次に、子供たちが振り返りをするにはどのような方法がとれるのかを整理する。ここでは3つの方法を紹介する。

1)想起
最もシンプルなのは、「ただ思い起こすだけ」という方法である。試技をする前に過去の運動感覚を思い出したり、運動後に印象を想起したりすることは、意識的・無意識的どちらもある。あくまでもイメージするだけで、文字や数値として記号化するわけではない。しかし、そのような記号化が難しい感覚的なものでも振り返りできるというのが利点でもある。

2)言語化
想起したものを、何らかの言葉や文章で表現することを指す。自分の言葉で表現したり、すでに他者に言語化された表現を引用したりすることもある。言語化をすることで、より詳細なタグ付けができること、そして同じフレーズを繰り返し用いることで知識として獲得しやすくなることなどの利点がある。一方で、言語化することで体験が「無機質化」してしまう部分もあり、体験の”生々しさ”が失われてしまうという特性も理解したい。

3)数値化
体験や自分の運動感覚を自己採点し、数値にして評価するという方法もある。100点満点や5段階評価など、最大値の設定にはかなりの変動性があるが、数値を用いた記号化は多くの場面で実施されている。この方法で重要なのは、数値化するためには自分にとっての「最大値」と「最小値」を任意に設定しなければならないということにある。数値化をするということは、評価すべき対象と、自分が想像しうる最大(最小)値との「差」に目を向けることであり、自分の中に無条件に評価軸を作ることにもつながるのだ。最大値が個人によって異なるため、他者を数値で評価する際には公平性への配慮が必要だが、自己評価に用いるには比較的簡単な方法だろう。

4.振り返りの”タイミング”

もう一つ重要なファクターなのが、「いつ振り返りをするか」である。このタイミングを考慮するには、
1)運動後、振り返りまでの「時間」
2)運動時と振り返り時の「覚醒度の差」
に注意する必要がある。

振り返りは、ほとんどを記憶に頼って行われるため、時間が経てば経つほどその記憶は”消耗”していく。より新鮮なうちに振り返りをするほうが、より鮮明で情報が豊かな記憶を用いて行うことができる。また、振り返りをするということは、そこまでの一定時間をひと区切りする意味合いも生まれてくる。ただ早ければよいのではなく、ピリオダイゼーションの観点からも振り返りをするタイミングを見極めたい。

多くの人は、振り返りをするときには「落ち着いて」行うことが望ましいと考えているだろう。しかし、必ずしもそうではない。心理学の研究では、「感動(delight)」は時間が経つと「満足(satisfied)」に変わるといわれている。つまり、その瞬間は強い覚醒や興奮を伴っていても、あとから落ち着いて振り返ってしまうと違うものとして映ってしまう可能性があるのだ。特に感情の評価には覚醒(arousal)の度合いが大きく影響するので、なるべく”熱い”うちにタグ付けをさせる方が望ましいとも考えられる。

5.まとめ

ここまでの整理を俯瞰すると、振り返りという作業には【4つの対象】【3つの方法】【時間や覚醒度を見極めたタイミング】という3本の軸があることが明らかとなった。そして、フォーカスさせたい対象に応じて、適切な方法やタイミングが異なるということもよくわかるだろう。

これまでの体育では、「授業の最後」に「落ち着いた状況」で「言語化させる」という振り返りにかなり固執してきた傾向がある。そのために学習カードを作り、場合によっては”評価するため”にそこへの記入を課すという指導者もいることだろう。しかし、本稿でみてきた視点をもてば、もっと多様で効果的な振り返り方法が見つかるはずである。

運動することを好きになってもらう、練習を次につなげて成長させる、という意図をもった指導者は、振り返りの重要性を十分に理解していることだろう。しかし、その振り返りの場面で運動体験への適切なラベリングができなければ、せっかくの成功体験やポジティブ感情も価値を下げてしまう恐れもある。本稿の内容が、多くの体育・スポーツ指導者にとって効果的な振り返りを生み出すきっかけとなり、それによって子供たちの運動体験がより有益になることを願っている。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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