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素敵な人に会いたい なりたい

素敵な人や共感してくれる理解者と出会うには、自ら人にアプローチをしていくべきだという事を今更知った。

昨年の9月下旬頃から12月まで出張で他県に滞在していた。そこで、3人のネパール人と出会い日本人に足りない要素を幾つか兼ね備えていることを実感した。

まず、とにかく3人とも明るい。いつ話し掛けても明るく応えてくれて日本人よりも礼儀正しい。挨拶を返さない気分屋な人だったり、関係性のマンネリ化や相手の素性を理解してくると雑に接する人が日本では多く見られるような気がする。

多忙で現場が疲弊している状況を見て1人のネパールの方が、面白いポージングを僕に披露してくれた。そして「みんな疲れてるでしょ。だから私が面白いことすれば少し疲れがね、取れるでしょ」と言い僕に笑顔をくれた。この様なことは日本人同士では難しのではないかと感じる。お互いに理解しあっている関係性であれば嬉しい行為だけれど、人によっては鬱陶しく苛立たせてしまうのではないかと思う。しかし、外国人だからこそ可愛げがあり温かい優しさを感じ、嫌な感情はなく素敵な人だと感じるのかも知れない(因みにその方は僕よりも一回り年上です)

外国人や日本人という表記を表現力や語彙力が乏しいので使ってしまうが、出来るならあまり使いたくない。確かに外国人ではあるが、その表現は何だか彼らとの距離感を自ら作っている気がする。個人的な考え方だが日本に長く移住しているのだから日本人ではないにしても日本人のように接するべきだと思っている。出張先の職場の上司が外国人、外国人組、あいつらといった表現を使い発言していたので、その様に感じた。

他に仕事に対しても非常に積極的でわからない事があれば
「これは何ですか?何の為にあるんですか?」
「まだまだ、たくさん覚えたい事があります。だから、教えてください」と知的好奇心や向上心が高い。本来は、この様な気持ちを持つ事が必要なんだろうと当然のことを改めて思った。よく今の若い子は、と耳にするがこういう事を言うのだろう。
こんな風に向上心を見せられると教える立場の人からすると可愛くて仕方がなく、教えてあげたいと感じるのだろう。また、そのように感じてもらえる関係性を築くべきなんだと思う。

出張に行かなければ、このような素敵な人たちと出会えなかった。普段自宅でエンタメばかり観て人と接触しないくせに共感してくれる人をずっと欲していた自分は、とても我儘な人間ように感じる。短い人生で如何に素敵な人と巡り会えて自分の糧にでき、何を生み出せるのかが重要なことだと感じる。
そう感じ始めてから自分から会話をするようになり、話ができてよかった、出会えてよかったと思われるようになろうと思うきっかけになった。
素敵な人と出会えた時の喜びを知ってしまうと、まだ知らない素敵な人ととの関わりを欲する。
それは、素敵な本に巡り会えた時と同じだ。
自分の欲している本に中々出会えない。面白い本はたくさんあるのだけれど、とんでもない、思考や人生の根本を覆すほどの衝撃的な本に出会う時が稀にある。その興奮を知ると、またそれを欲してしまうサイクルに入る。特に小説がそのようになりやすく感じます。僕の場合、西加奈子さんのサラバ!が小説の面白さを知った本でした。

ご時世ということもあり、この先も対面することに少し憚れる雰囲気がありますが、人との関係を大切に、そしてそのような方々と仕事ができたらと思っています。



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