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【ピリカ文庫】見えぬもの。【短編】


ー26歳、没。

まだまだ若いのに可哀そう。あたしだったら、あと8年か。けど26歳でこうして世に名前が知られるのなら、悪くもないのかも、なんてぼんやりと考えながら、一遍の詩を目で追う。
こうやって授業中の暇なときは、ぶ厚い国語便覧のいろんなページをぱらぱらと眺めるのは、あたしの癖になっている。
それぞれの時代の服や食べもの、そして和歌や文学が色とりどりの写真やイラストで載っている、国語便覧は結構面白いと思う。


「さて残りの時間は自主学習でいいぞ~。隣は授業中だから静かにな~。」
現代文担当の田沼の間のびした声。定期考査も終わり、今学年の学習範囲も完了した今、春休みを目前にした残りの授業なんて消化試合だ。
やり残した課題に取り組む子もいれば、塾の予習をする子、こっそり見つからないよう、広げたワークの陰でケータイをいじる子。

「こないだ、みいが行ってたカフェ、良さげじゃない?前に行った台湾カステラの店の近くの。春休みになったら行こうよ。」

通路を挟んで隣の席にいる友人のゆいも、そんな要領の良い子の一人だ。さも分からないところを聞いているかのように数学の問題集を広げつつ、前からの死角になる位置で共通の友人のInstagramの画面を見せてきた。

「いいねいいね、行こ~。」
反射的にそうあたしは答える。いいね、という言葉はあたしにとって必ずしも賛同や共感であるとは限らない。つまりはノリ、だ。


またあそこらへんに、お洒落なカフェが出来たんだな。
目まぐるしく移り変わってく街並み。
次々に流行りがやってきては目の前を流れてゆく。
それは、アーティストだって、動画だって、食べ物だってなんだってそう。
回転寿司のように回ってくる多彩で多様な情報。

しばらくしたら、頭の隅にも残っていないようなカラフルな世界をかたっぱしからこの手の平に乗る機器を通して、視界に流し込んでいく。


適当に、手を伸ばせば何だって見れる。そしてどれもそれなりに面白いから、気づけば時間は溶けている。

そういえば、こないだからよく見かける韓国のアイドルグループが可愛い。表情管理って言うんだけ、グループのメンバーのくるくる変わっていく表情に目が離せないからお気に入り。

あたしも、ゆいのようにカーディガンのポケットに忍ばせたケータイに手を伸ばし、Instagramのストーリーに流れる、接写で切り取られたきらきら美しい食べ物たちと、流行りの音源に乗って踊る同年代を見るともなしに眺めることにした。

とても面白いわけでもない、さりとてつまらないわけでもない。なんて微弱な快楽なんだろう。
刺激だらけなのに、どこか空虚な日常に、あたしはささやかなため息を溶かす。

そんなときだった。
「春休みさ、久しぶりに遊びに来んね。わたしも歳だで、あんまり会わんと顔忘れるけ。」
半年前にようやく携帯を手にしたばあちゃんから電話がかかってきたのは。

携帯電話の番号を教えたら、こうして月に一度程度いきなりかかってくるのだ。

う〜ん、まあ、ばあちゃんには小さい頃たくさん遊んでもらったしな。元気なうちにばあちゃん孝行でもしておくか。もしかしたら多少のお小遣いくらいもらえるかも。

「分かった。来週から春休みだから、行くよ。」
ちゃちな下心を隠してそう答えつつ、あそこ電波、大丈夫だっけとよぎる不安。

「心配せんでもワァファイもあるがな。」
電話ごしに、カカっと、笑う声。
何よ、わぁふぁいって。一瞬眉をひそめ、ああと2秒して気づく。
ーああ、Wi-Fiね。近くに住む叔母さんの明美さんがやってくれたんだろうな。さすがばあちゃん、考えていることはお見通し、か。

着替えと洗面用具、春休みの課題と、筆記用具、そしてちょっと持って行くか迷ったけど、なんとなくの国語便覧を雑にボストンバックに詰め込む。化粧ポーチ、はいいや。特に誰にも会わないし。

飛行機と電車とバスを乗り継ぎ、ようやくばあちゃんの家へたどりついた。
さて、みんなの近況でもチェックしようか、と携帯に手を伸ばす。しかし、どこを探せどWi-Fiのルーターらしきものはない。

「あるっていったじゃん、Wi-Fi。」
「持ち運びのやつみたいでの~。明美が出張に持っていったわ。」

元から明美さんのものなので、文句を言えた立場じゃないけど、ちょっとうらめしい。これじゃ、すぐにモバイルデータ使っちゃうし、何にも見れないじゃん。

翌日いつまでもごろごろしているあたしを見かねたのか、畑の見回りに誘われた。
Instagramのストーリーのネタ、できるかなあ、なんて思いながら、履き古したニューバランスに足をつっこむ。


カレンダー上は春とはいえ、あたしの住むところより遥かに北のこの大地はまだまだ肌寒い。髪をゆらす風にぶるっと身震いしながらも、瞬間的にああでもやっぱり春の風だ、なんて思う。

あれ、でもなんであたし、春を感じたんだろう。
風の温度?風のにおい?踏みしめる地面の柔らかさ?上手く説明できないけど、やっぱり春は春だ。

苺ビュッフェの広告でもなく、スプリングセールのお知らせでもない、あたしの肌で感じた春。それはまぎれもないあたしだけのもので、なんだかくすぐったいような、うれしいような、久しぶりの感覚だった。

ほんの少し霞んだ山と、畑。その真上を遥かどこまでも広がる澄んだ水色。いや空というか宙っていうの?
ああ、空って上にあるものじゃなく、周り全部なのか。


遠くまで続く柔らかい土とすぐその上の空。
あの端を目掛けて、ずうっと歩いて行ったら、その先に何が見えるんだろう。

そして、あたしはふいにはっと気づく。

ああ、これが地平線か、、!
今まで知識として知っていた言葉が実感としてあたしを飲み込む。

それは、何だかヒトとしての根源的な喜びのような気がした。
まるで赤子が、よく耳にする音が、呼ばれる自分の名だと気づいたときのような。
まるでヘレンケラーがこの手に流れ落ちるのが、水だと身体で知ったときのような。



地平線。それは大地と空が溶け合う場所。
それでいて、凛と空と大地を一直線に隔てる力強さ。

こうしてちゃんと見ようとしてこなかっただけで、実は見ていたのかもしれない。普段は見えなくても、どこにでもある場所。

いつの間にか、横に立っていたばあちゃんがぼそりと呟く。

「きっと、100年前のご先祖様もおんなじもん見てたんだ。こっからの景色はずうっと昔からそんな変わりはしねえ。」

言葉に呼応するように、びゅうっと風がうなる。足元には、芽吹いたばかり、生まれての緑。

変わっていくもの。変わらないもの。見えるもの。見えないもの。
今、自分が見ているものだけが全てじゃない。見ようとしないだけで、ずうっとそこに静かにあったもの。

なんだかばあちゃんの言葉が、乾いた土にすうっと水がしみこんでいくように、心に届いた気がした。そしてなんでか分からないけど、その水は循環してあたしから飛び出そうとするのも感じた。

「・・・ん。」

それを悟られたくなくて、短く返事をして、目の奥にぐうっと力を込めた。


帰ってすぐ、国語便覧のあのページを探した。なんだか、どうしても今見ておかないといけない。今、探さないと消えてしまうような気がする。

青いお空のそこふかく、
海の小石のそのように、

『星とたんぽぽ』

持ってきたルーズリーフに急いで書きつける。


どんなときも、さっき見た地平線と、この詩を思い返せば、なんとかなる。
あたしは、そんな気がした。


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【あとがき】
いやあ、やっぱり難しいですね、短編……!普段書いているエッセイよりも頭を悩ませました。そして悩みながらも楽しく書きました。実はこのピリカ文庫主催のピリカさんにはもう少し早くにお話を頂いていたのですが、仕事との両立が叶わず今になってしまいました…。大変申し訳ないです。

創作の面白いところは、誰にでもなれちゃうところ。十数年年以上前にも女子高生だったわたし。もし今高校生なら何を考えて日々生きてたんだろうなあ・・・。いやでもわたしの高校生時代、こんなにSNSや動画が流行ってなくて良かった!笑

そして今回、創作短編でも、文章の中に私がこれまで感じてきたことが自然と溶け込んでしまうんだなあ、と痛感しました。今回のピリカ文庫のテーマである「地平線」、その言葉を聞いて真っ先に浮かんできたのは、高校の修学旅行で行った北海道でした。そこでグループに分かれて農業体験をさせていただいたのですが、そのときの気持ちが自然と思い起こされました。

そして、作中の詩人はピンと来られた方もいるかもしれません。大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍された童謡詩人、金子みすゞさんです。気になられた方、今回一部引用させていただいた詩、ぜひ探して読んでみてください。わたしが大好きな詩のうちの一つです。

#短編 #ショートショート
#ピリカ文庫

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