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異食症を描いた映画:Swallow スワロウ感想

映画「Swallow スワロウ」があまりに素晴らしく、感想を書きたくなった。
ネタバレありなので、観ようと思っている方は気をつけてください。

あらすじ

「Swallow スワロウ」は食べ物以外を口にする「異食症」の女性を描いている。深く感情移入し、ストーリーを追うことが感想にもなるので順に書いていく。細かいセリフは違うかもしれないが、ニュアンスは変わらないはずだ。

映画は会食の場面から始まる。窓の外に夜景が見え、スーツを決めた男性と、ドレスを着た女性が並ぶ華やかな席。

主人公はハンターという、きれいだが垢抜けない30歳くらいの女性。会食で彼女の夫が「最年少で取締役に就任することとなった」と初老の男性から発表される。湧き上がる人々。「妻のおかげ」とキスをするダンディな夫。絵に書いたような幸せ。
しかしハンターは笑顔を浮かべながらも、どこか不安そうな表情をしている。

後日自宅で夫と二人で食事をしていて「私幸せだわ」と言うハンター。夫はスマホで仕事のやり取りをしていて、曖昧な返事をする。もう一度ハンターは言う「私幸せだわ」。確認する必要があるのだろう。

幸せは続く。ある日ハンターが妊娠をした。喜ぶ夫。そこで義両親と4人で食事をすることになる。義両親も手放しで喜んでいる。
そんな中緊張する面持ちのハンター。夫から話を振られて話し始めるが、義父は彼女の話を遮り「それよりあの仕事はどうなった?」と夫に話しかける。ハンターは口をつぐんで何も言えなくなる。下を向くとコップの中の氷が目に入る。惹きつけられる彼女。そして思わず塊のまま飲み込んでしまう。その音にみんなが注目する。笑ってごまかすハンター。異食症の始まりだ。

冷たく透明なものが彼女を魅了したのだろうか。次は家でビー玉を飲み込む。丸く透明で、少し赤い模様の入ったきれいなビー玉。それを口に入れ、覚悟を決めて、飲み込む。その時彼女の顔には安堵の表情が浮かぶ。

義母もまた彼女を悩ませる。ハンターに「我が家の嫁」を押し付ける。家に断りもなく入ってきて、妊娠中に読むべき本を渡してくる。その上「息子は髪の長い女性がタイプなの」とショートカットの彼女に告げる。

異食症は加速していき、ついには画鋲を飲み込む。一度舌に乗せたあと吐き出して、血で染まった舌を見て思いとどまる。しかし衝動は止められない。針がついた画鋲をもう一度口に入れ、安堵の表情とともに飲み込んでいく。

病院でのエコー検査のときに異食症が表に出る。それが彼女の苦しみをより深いものとする。
指輪、ブローチ、そして画鋲。摘出された異物を見た夫は怒りを顕にする。

部屋に戻りあたり散らす夫。その中で興味深いセリフがある「なんで結婚する前に言わなかったんだ!」。きっと夫は部下がメンタルの問題を抱えてた時は優しく「適切な対応」ができるのだろう。でも身内に「異常者」が出ることは許されない。それはあちら側の出来事でなければならないから。
気遣う言葉もなく怒鳴る夫に対したハンターは「私もわからないのごめんなさい」と謝罪をする。

理解は誰からも得られない。義父は「治療の費用を出すのは私だ、結果を期待する」とまるでビジネスのように言い放つ。
義母からは「私も妊娠中家政婦を雇っていたから」と、40代と思しき髭面の男性看護婦をハンターの家に同居させることを告げられる。もちろん夫は日中家にはいない。

一度は反論をするハンターだったが、結局は受け入れてしまう。ハンターはまたも自分の主張を通すことができない。ハンターは夫が仕事の間この体格の良い髭面の男性と二人きりで過ごすことになる。常に見張っていて、トイレに行く前に身体検査をする男。しかしこの看護師だけがのちにハンターの味方となる。

ハンターはカウンセリングを受ける。最初は心を開かなかった彼女も、次第に自分の過去を話し始める。「私はレイプされて生まれた子供なの」ハンターはそう語る。母親が見知らぬ男に襲われて、その結果妊娠をしたのだと。

痛ましい話だが、ここでの焦点は違うところにある。彼女はカウンセラーに「父親の顔を見る?」と問いかける。戸惑うカウンセラーに財布から新聞の切り抜きを見せる。逮捕されたときに載ったのだろう、男性の顔写真がそこにはあった。ハンターもまた問題を抱えている。

その後カウンセラーが夫に面談内容を話したことも、ハンターを追い詰める要因となる。そんな夫に文句を言えない彼女はベッドの下に潜り込む。そこに髭面の看護師が来る。
彼もベッドの下に入り込み、ハンターの肩に手をかけ「ここは大丈夫、安全だよ」と告げる。この言葉が家族の誰かが口にしていれば、彼女は救われていたのだろう。しかし、それは叶わなかった。だから彼女は家を出ることになる。

暗い部屋で一人、明かりもつけず、彼女は釘状のものを飲み込む。床に倒れ悶える彼女は、看護師の呼んだ救急車で連れて行かれる。
手術後、夫と義両親は彼女を施設へ入れることにする。逆らいきれないハンターは一旦は承諾する。しかし寸前のところで看護師の力を借りて脱出する。自分の意思で行動した記念すべき場面だ。

車を捕まえ、モーテルに入ったあと彼女は夫に電話する。愛をささやき、優しく諭す夫。しかし彼女が拒否すると「お前なんか何もできないんだ、恩知らずめ」と罵りだす。彼女は別れを告げて電話を破壊する。物語はクライマックスに近づいていく。

次は彼女自身の家族との話へ移る。翌朝公衆電話で実家へ電話をかける。母親が出る。これが初めて彼女が家族と連絡を取った場面。観ていて不安になるシーンだ。今まで助けを求めなかったのには理由があるのではないか、と。

母親は優しく対応する。ハンターが「帰ってもいいの?」と聞くと「もちろんよ、あなたに会いたい」と答える。ホッとするハンター。しかし母親は続けて言う「でも妹が家族を連れて帰ってくるから」ハンターの表情が一変する「あなたの部屋はないの」聞き終わる前に受話器を叩きつける。

向かう場所は一つしかない。次の場面、ある家の前でハンターは立ち止まる。財布から新聞の切れ端を出す。丸く切り抜かれた父親の顔。この家にいるというのだろうか。
足を踏み入れるとそこには「ハッピーバースデー」と書かれた装飾が施され、パーティが行われていた。紛れるハンター。子供がいる。話しかけるハンター。父親と思わしき人が来る。「どこかで会ったかな?」男はハンターに尋ねる。

ハンターが自分の母親の名前を告げたとき、男の顔に影がさす。二人きりになったあと男は問う「俺の人生を壊しに来たのか?」やはり男はハンターの父親だった。ハンターの母親をレイプし、刑務所から出たあとそれを黙って家族を作った男。

「まだ決めていないわ」ハンターはそう答える。本心からだろう。それは次の言葉でわかる。
彼女は、過ちをおかした父親にこう問いかける。「私はあなたと同じなの?」これが物語のクライマックス。彼女は父親と自分を同一視していた。
父親のように間違いをおかすのではないか。それが心の奥底で、不安の源となっていた。そこから決別するこのシーン。僕が一番好きな場面だ。

「どう思うんだ?」逆に問いかける父親。ハンターは少し間をあけてから答える「私はあなたとは違うわ」。
それから彼女はある決断をして、映画は終わる。その決断は世間が眉をひそめるものだろう、しかし良い悪いではなく、彼女自身が下した決断だった。


ここから観たあとの感想。


すごく美しくて、心を動かされる映画だった。
妊婦という身体的には僕には経験できない状況だったが、彼女を取り巻く人間関係や根本の考えはすごく共感でき、自分のこととして感動した。
今年の一本を上げるなら間違いなくこの映画だといえる。

彼女は過ちをおかした父親と自分を同一視し、同じことをするのではないかと恐れていた。それが不安の根源だった。僕にも覚えがある。自分を捨てた母親のようになりたくなかった。
だから彼女がわざわざ父親の元を訪ねて「私はあなたと同じなの?」と問いかけたシーンに一番心が動いた。

なぜそこまで執着するのか?そう思う人もいるだろう。なぜ父親の家に行ったんだ?でもそれが彼女には必要だった。僕も同じだ。

あの人のようにならないように、その思いはエネルギーになる。決まりを守り、道から外れず、優等生を保っていられる。
しかしそれは「あの人」を心の中心に据えて、その周りを衛星のように回っているだけ。どれだけ努力しても、不安の根源からは離れることができない。

「遠心力だけで 逃げてく先なんて どこもありゃしないからね」
そんなフリッパーズギターの歌詞を思い出した。

「あの人」を意識しすぎて、同じ言動になっていないか常に自分を監視して、たまたま被ったときに罪をおかした気持ちになる。そこから逃れるためにまたいい人を演じる努力をする。そしてまた「罪」をおかす。その繰り返し。離れることができない。

この映画のように、どこかで向き合い「あの人」と自分は違うんだと認める必要がある。周りからは執着と思われても、一度通過しなくていけないシーンだ。
それは愛着とも呼ばれる、ずっと自分の中心にあったもの。おかげで白線の内側を歩いてこれた。だから決別するのはすごく怖い。

剥がすとき、べりべりと心がめくれる音がする。しばらくはかさぶたになるだろう。そうやってようやく癒着を外し、自分の足で歩いていける。その道が人から非難されるものだったとしても。

自由と孤独の中でこれから彼女がどう進むのか、僕は自分に重ね合わせて勇気をもらった。本当に素晴らしい映画だった。

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