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2022/3/24  高等教育に思うことと拙著の理念

さて、拙著「忙しい人のための公衆衛生」を出版してから約1年が経とうとしております。
これまでにも少なくない数の方から御感想を頂いており、嬉しい限りです。あらためまして、ここに深く感謝申し上げます。

この期間の間に、この本に込めた想い、この本の役割、私がどういう思いでこの本を執筆・出版するに至ったかなどをお話する機会を頂きました。
この機会に、そのような機会でお話したことについて、記し残しておきたいと思います。

まず、本の話をする前にお二人の素晴らしい方の話をしたいと思います。


1.瀧本哲史先生
瀧本先生は説明するのが難しい方で、投資家であり学者であり経営コンサルタントであり…という、『職業:瀧本哲史』のような方です。
ディベート甲子園に携わっていらっしゃったり、若者に向けた本もたくさん執筆されていたりすることもあり、教育に強い興味があった方だったのではないかなと(勝手に)考えております。

そして瀧本先生は、著書「2020年6月30日にまたここで会おう」の中で、
自身が執筆された書籍について、このようなことを仰っています。

最終的な目標は、若い人たちが大人になる前の読み物として、成人になるための読み物として、定番化すること。目標となるのが『思考の整理学』という本です。(略)。
長期間かけて常に誰かが買い続けてくれて、「この本は定番だよね」みたいな感じで読んでもらい、(略)

最後の略のあとはちょっと強い言葉が使われているので省略しましたが、
まさに私が考えていることを仰っておられると感じられました。
(亡くなられてしまったことが残念でなりません)

瞬間風速でたくさんの人に読まれて、あっという間に読まれなくなる、より
じわじわと長い年数をかけて多くの人に読んで頂き、
より多くの変化を生み出したいという気持ちが強いです。


2.竹内薫先生の話
竹内先生は、(ご自身のプロフィールにはそうのってはいないのですが)
私がずっと尊敬してやまないサイエンスコミュニケーターの1人です。
私自身の役割も教員時代から(あるいはもっと前から)、
竹内先生のようなサイエンスコミュニケーターであるべきと考えて
仕事をしておりました。

ここでサイエンスコミュニケーターが行うサイエンスコミュニケーションについて確認しておきたいと思います。
ここでは、「科学コミュニケーションStarter's Kit」様の文をお借りしたいと思います。

科学コミュニケーションの機能
・科学を市民に伝え、市民の科学リテラシーを高める手助けをすること
・科学について市民がもつさまざまな思いを知り、
 科学者自身が社会リテラシーを高めること
・科学と社会の望ましい関係について、
 市民と科学者がともに考えていくこと

科学コミュニケーションの3つの方針
1.科学の本質的おもしろさを利用して、市民を科学の世界に巻き込む
2.市民の多様性を尊重する
3.市民と語り合う場を大切にする

私自身、この3つの方針の中にある
本質的おもしろさを利用して、世界に巻き込む
という点に強く共感し、あらためて私の教育のついての信念と通じ合うものがあると感じておりました。
(そのため、いつも私はサイエンスコミュニケーターとして振る舞えるように努めています。)


3.高等教育における学生は専門家か市民か
そうするとここで問題となるのが
高等教育における学生は専門家なのか、市民なのか
という問題です。

多くの高等教育の講義は、学生を専門家として扱っていると感じています。
つまり、「興味をもって、予習して、この講義にのぞんでいる」ので
「私の役割は教科書にはまだのっていない最先端の研究の話だ」と
考えて、講義をされている先生が非常に多いと感じております。
しかしながらその結果として、知識だけが肥大化して本質が見えない学生が増えてしまうのではないでしょうか。

私は、基本的に学生は「まずそもそもこんなことに興味もないし、必要性も感じていない」ことを前提に話を始めます。
例えば医学生であれば、「私の専門は臨床なので、産業医学とか必要ありません。テストに出るとこだけ、大事なところだけ教えてもらえませんか?」と感じているに違いないのです。(ごく少数の熱狂者を除けば)
そこでまず産業医学の本質的おもしろさを伝える努力が必要となります。
本質的おもしろさが伝われば産業医学の世界観を伝えることができ、
その本質的重要性についての理解が深まるわけです。
(蛇足ですが、そこからが本当の学びのスタートだと思っています)

今の学生は本当に優秀です。
本質的な重要性さえお伝えすれば、あとは「ここを読めばわかりますよ」とさえ伝えれば自学自習できる、そういうリテラシーをもっています。
ですから、近年の教師としての役割というものは
その学問の背景や本質を伝え、おもしろさを知ってもらうこと
世界観を知ってもらい、その世界に浸かってもらうこと
だと考えています。

拙著は、特にこの点に重きを置いております。
ですから、既にこの世界に浸かっているひとにとっては当たり前のことが
書いてあると思います。
一方で、この世界に浸かったことがない人にとっては新しい世界を知ることができるでしょう。
そういう本に仕上げました。

もし、私のこの理念が面白いと思って頂けたら、きっとご満足頂ける内容になっていると思います。

(こっそり)
お気に入りの本屋や羊土社様のWebsiteからどうぞ御覧ください。
https://www.yodosha.co.jp/yodobook/book/9784758123686/


さて、「そんな表面をなぞるような話じゃわからない」という方のために
私が先日たとえ話をしたので、そのたとえ話を最後に残して本稿を終わりにしたいと思います。


問) ガンダムについて教えて下さい

私もそれほど詳しいわけではないので、本当に好きな方には怒られてしまうかもしれませんが、たとえ話ということでご容赦下さい。
こういう場合によくある答えが以下のようなものです。

答1)
一般的にガンダムといえば、機動戦士ガンダムのことをさすと思われるが、
これはあくまでもガンダムの1つのストーリーに過ぎません。
そもそもガンダムには『宇宙世紀が舞台のもの』『宇宙世紀以外が舞台のもの』の大きく2つのストーリーにわかれます。加えて、機動戦士ではなく、機動武闘伝というガンダムもあり、ガンダムといえば機動戦士というのはよくある間違いであると言えます。
さて、ガンダム、これからは機動戦士ガンダムのことを単にガンダムと呼びたいと思いますが、地球連邦軍とジオン軍の戦い、あるいは地球連邦とジオンの戦いといってもいいかもしれませんが、その戦いの始まりから一つの終わりまでを描いた物語といえます。
アムロとシャアの戦いと思われる方もいるかもしれませんが、それはあくまでも一つの側面であって、物語全体を説明するものにはなりません。
なぜ地球連邦とジオンが戦わなければならなかったか、それを説明するためには、まず地球とコロニーとサイドの関係性について理解する必要があります。
さて、まずはコロニーですが(以下略)

ということで、まず答えを1つだけ例示しましたが、いかがでしょうか。
情報としては間違ってはいないはずです。
ただ、これを読んで、ガンダムが見たくなりましたか?といえば、
おそらくNOだと思います。
(ああ、こういう話なのね、ということは理解はできたと思いますが。)
正しい情報である、ことと、それが面白い情報か、というのは必ずしもリンクしないので、「正しい情報を伝えることが教育だ」ということは間違いであることの例示だと私は考えています。
ではどうすべきか。

例えば、こんな答えはいかがでしょうか。

答2)
一般的にガンダムといえば、機動戦士ガンダムのことをさしていると思います。なので今から話す話はこの機動戦士ガンダムの話です。
ガンダムには『宇宙世紀』という概念がありますが、難しいことはさておき、とりあえず『地球以外の場所に人類が住むようになった時代』の話なんだ、ということだけおさえておいて下さい。
そして、ガンダムの物語はその地球以外の場所、コロニーから始まります。
アムロが住んでいるコロニーに突然シャアが攻めてくるんです。これが2人の最初の出会いです。(有名な「こいつ…動くぞ!」もここで出てきます)
このように聞くと「あぁなるほど、アムロがいいやつで、シャアがわるいやつなんだな」と思うかもしれません、そして物語はそのストーリーを中心に動いていきます。
しかし次第に風向きが変わっていきます。例えば、「地球にいる連中は宇宙で生活している我々のことを差別しているじゃないか」という話が出てきます。すると、「あれ、シャアのいるジオンの言っていることって実は一理あるんじゃないか、もしかしたらアムロたちの方がおかしいんじゃないか」と風向きがかわっていくんですね。「それをジオンが正すのだ」と畳み掛けていきます。
物語が進むにつれて、アムロが正しいのか、シャアが正しいのかわからなくなってきます。(以下略)

こうするとどうでしょう。
先程よりは、むむ、なるほど、続きは?結局どうなるの?と思われたのではないでしょうか。
書いてある情報はそれほど大差ないはずです。
コロニーやらアムロやらシャアやら同じような単語が並んでいるのですが、
感じる印象は大分異なっているはずです。
要するに、教育における「伝える努力」の重要性を知ってほしかったのです。
これを医学教育で行うことがサイエンスコミュニケーションであり、
教育の本質だと私は思っています。


大分最後カオスになってきましたが、
このようなことを考えている著者が公衆衛生について書いた本が
こちらです。
ご興味を持って頂けた方は是非お手に取って下さい。
https://www.yodosha.co.jp/yodobook/book/9784758123686/

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