虚構日記「雨のSA」
ますます雨が強くなっているのがわかる。SAの駐車場を出入りする人たちは足早だ。それをぼんやり眺めながら、わたしは飲みかけのペットボトルのラベルを少しいじっている。運転席に座る彼は、水筒に入れた麦茶を喉仏を跳ねさせながら飲んでいる。車内に走る静けさが緊張感を誘発するが、それもまた快く思える。
*
わたしたちは地元の幼馴染で、5歳から12歳までを一緒に過ごした。
文字面通り、いつも一緒だった。小学校卒業後は別々の中学、高校、大学に進学した。年賀状のやり取りだけは毎年欠かさずしていたけれど、最後に会ったのは小学校の卒業式の日だった。
しかしありがたいことに一か月前に再会し、そこからまた一緒に飲んだり出かけたりする関係性になった。小学生のころには感じなかった胸の苦みを携えて。
わたしは彼のことが好きなのかもしれない。わたしに対してとても優しいし、冗談だって言い合えるし、わたしと原体験を共有していると感じる場面が多いし、なによりわたしが、飾らず笑っていられる。安心感がある。
それでも引っかかってしまうのは彼に歴代の恋人たちと上手くいってこなかったという過去があることだ。
友人として、というか幼馴染としてのわたしから彼への評価は満点なのだが、それが恋人という関係になることで変化するのが怖い。それでもわたしはいつの間にか変わっていた彼の声で十年間呼んでこなかった分のわたしの名をもっと呼んでほしいと思うし、彼の隣にほかの女の子がいる姿を想像すると「わー!!」と叫びたくなる。
*
「一緒にいても心を開いてくれいている感じがしなかったし、俺も多分開けていなかった。もっと時間をかけたら好きになれる気がするって思ったけど、でもだめだった」
わたしの投げかけた「最後に付き合っていた人とはどうして別れちゃったの?」という言葉に、彼が熟考して返してくれた言葉だ。彼の紡ぐ言葉はゆっくりで、でも嘘をついているような気はしなくて、それは昔から何も変わっていなくて、わたしはふふっと笑った。笑い事じゃないよと困り顔で、でもどこか嬉しそうに彼も笑う。ああ、好きだ。
いきなり「恋愛」って構えてひとと関わるのは難しい。相手との信頼関係をしっかり築いたうえで、そこから恋愛として好きとかって感情がやってくる。だからマッチングアプリとかのスピード感は苦手だと話す彼。素を出せる人が良いだとか、気心知れている人が良いだとか、言ってくる彼。
わたしは困ってしまった。期待、せざるを得ない。
彼はわたしのことをとても信頼してくれている。それは再会してからというもののとてもよく伝わってきていることだし、わたしも彼を大いに信頼している。時間をかければ、付き合うこともできるだろう。
でも、わたしにそれが出来るのだろうか?
ちょっと、外出ようかと言ってわたしは傘を携え、ドアを開けた。
傘を忘れた彼を入れるために運転席側に回ろうとすると彼が車から出てきて、わたしの傘をありがとねと言って代わりに持った。
肌が触れる。沈黙が流れる。雨音だけに包まれる。
SAでふたりでコーヒーを買い、ベンチに腰掛けた。
その時、付き合っているという関係性に名前を付けることに固執しなくてもいいと思えるような安心感をみつけた。言葉がなくてもわたしたちなら会話ができる。恋人同士じゃなくても、まだわたしたちはいいんじゃないか?
車に戻り、ドライブは再開される。
わたしたちは再び、走り始めたばかりだ。
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