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知ってる!天中殺って!

これまでのあらすじ

前回のつづきです。

字を見るだけでなんだか怖そうな「天中殺」ですね。

とはいえ、こわいこわいと脅かすだけでは占い師失格なので、もうちょっと冷静にじっくり研究してみましょう。みなさまもぜひご一緒に。

誰にでも巡ってくる「天中殺」期間

いろいろあるんですが、まずは誰にでも巡ってくる天中殺期間についてです。

「寅卯天中殺グループのみなさん、おつかれさまでした。今年と来年は、辰巳天中殺生まれのみなさんの天中殺期間です」みたいな話、聞いたことありますか?ここご覧くださるような方々はもちろんご存知でしょう。

天中殺のグループは6種類あります。

生まれ日の干支が何番かによって、どのグループになるかが決まるので、誰でも必ずどこかのグループに配当されます。

生まれ日の干支わかんない方は、占い関係なく暦のサイトもあるよ
https://keisan.casio.jp/exec/system/1189929076(カシオ)
http://koyomi8.com/index.php(こよみのページ)

各グループについての各論はそのうち。
いまはものすごく単純化して超ざっくり説明だけ。

戌亥天中殺(精神世界得意・現実苦手)
申酉天中殺(社会生活得意・家庭苦手)
午未天中殺(上から引き立てられ・目下は苦手)
辰巳天中殺(現実世界得意・精神苦手)
寅卯天中殺(家庭生活得意・社会苦手)
子丑天中殺(目下から慕われ・目上は苦手)

それぞれのグループには、必ず得手不得手があります。

誰にでも必ず「欠け」があるという前提で、すべて素晴らしいオールマイティな人はいないという設定なのです。それなのになぜか人は自分の「欠け」を求めてしまう、という話がありまして、ここらへんがとても人間ぽくておもしろいんですが、それはまたそのうち。

自分が属するグループの名前「○○」天中殺の「○○」の十二支が年とか月とか(細かく言えば日まで)巡ってくるときが、その人にとっての「魔の時間帯」みたいな言われ方をするんですね。さてどうでしょうか?

そもそも「天中殺」とは?

テレビ向けの演出抜きで、そもそも「天中殺」ってどういうものとして定義されているきたのでしょうか?

原典算命学大系(1981年)

人間の思念や行動が思いのままに行かないときであり、不運な時期であるということであります
天中殺の期間中は、新しいことを起こしても成就せず、労多くして効果少ない
移転、転職、結婚、すべて凶事を招くときであるというのが占技上の意味合い

高尾義政「原典算命学体系」(第八巻)1981年

天中殺〜星の神秘と命運(1972年)

植うるによく、医やすによく、建つるによく、愛しむに良い時はいつか?それは「天中殺」以外の、星のめぐりのよいときだ。自分に運のない、泣きたいような、悲しい「天中殺」に、自分の意のままに行動すれば、得るものは破滅しかない。

西川満「天中殺〜星の神秘と命運」1972年

確かにはっきりと「よくない」「思い通りにならない」時期であるとの旨が記されていますね。

どちらも読み進めていくと「天中殺は怖い。おそろしい」と感じる描写がたくさんあります。

うーんなるほど。さらに時代を遡ってみると「天中殺」ではなく「空亡」の解説だったら見つかります。

新推命学(1950年)

おそらく重要資料なので、少し長くなりますが引用します。

空亡という時期は、自己の感情の不安定、動揺を示すものであるから、物事の判断に正確を欠き、出処進退を誤り易く、また対外的に自己の意思の作用しない面からの故障渋滞多く、全て順調を書くので、全て現状維持をもって最善の策とするわけである。
空亡の二支の中、人の型によって特にその中の一支が強く働く。
空亡の行運に於いては宗教的信仰、精神的修養に心を尽くし、つとめて陰徳を積むように心がけておれば、災いは少ない。
とにかく、空亡行運は望まずとも環境上変革を要求される時であり、自己もまた変革を企図する時ではあるが、自ら意図して変わるよりも、他から動かされるほうが影響は少ないものと考えても良い。
空亡の積極的利用面として(中略)総じて形而上的な探究に於いては成功を見ることを忘れてはならない。

増永篤彦「新推命学」1986年(原本は1950年刊行)

言葉遣いは固くてちょっとむずかしいですが、ここに綴られている内容は、現在も説かれている「天中殺」の解説とほぼ完全に一致!しています。

天の気が味方してくれないとき?

さきほどの一覧表をもういちどご覧ください。

十種類の天干
十二種類の地支

順番に組み合わせていくと、最後に地支が二つあまります。
次のサイクルは、余った地支からスタートして、また二つあまります。

天干は「天」なので精神の象徴
地支は「地」なので現実の象徴

となると、現実だけがあって、精神がないのが「不自然融合」のタイミング、というわけです。

それを「天の気が味方してくれない」とか「頭がないのに行動だけしようとする」とかいろんな表現をされるわけです。

いろいろ諸説あり、ではありますが、概ね一致した解釈としては「おやすみのとき」です。

積極的に攻めると失敗するので、おとなしく受け身で過ごす
お金儲けや地位や名誉より、形にならないことをやる

↑ 曲解されると「天中殺のあいだずっと、お墓参りと勉強だけってわけにいかないでしょ!」とお怒りになる方がいらっしゃるので、その人の状況に合わせた丁寧な説明がだいじです。

つづく。

そうそう。これまでいろんな解説を伺ってきましたが、いちばんわたしが納得したお話はこのあと有料ゾーンに続けておきます。

ではマニアックゾーン。はじめ!

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