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【第2部18章】ある旅路の終わり (5/16)【軽蔑】

【目次】

【悪縁】

「おじん、というのは我輩のことかね。半年ぶりに再会したセフィロト社の同僚に対する呼び方としては、少々いかがなものか……以前のように『伯爵』と呼んでもらえないか?」

「おたくのような負け組<ルーザー>は、おじんで十分だ、これがな」

「フリーランス、と呼んでくれたまえ。存外、我輩の性にあっているよ」

 けたけたと笑いながらあざけりの表情を隠そうともしないトゥッチに対して、『伯爵』は軽口を返しながらも身構える。

 カイゼル髭の伊達男は腰の高さで両手を開き、五本の指を伸ばして、刀、コンバットナイフ、ベクトル偏向クローク、いずれの装備でも即座に手に取れる体勢を維持する。

「相変わらず、口先のまわるおじんだ。かつては上級社員<スーパーエージェント>だった面影もない、落ちぶれようだぜ。負け犬を通りこして野良犬だ、これがな」

「ふむ。かく言う貴公は、相変わらずの飼い犬暮らしかね?」

 コーンロウヘアの男に対して、『伯爵』が言いかえす。トゥッチの表情から笑いが消え、酷薄な冷たさが顔に浮かぶ。その指が、大型リボルバーのトリガーを引く。

 重い銃声が、ふたたび響く。カイゼル髭の伊達男は、動かない。威嚇射撃だ。鉛玉が、足元からやや離れた地点へ着弾する。

「言葉に気をつけな、おじん。いまのおれっちとおたくとじゃ、立場が違う……キャリアアップってヤツだ、これがな」

 トゥッチは『伯爵』をさげすむように、背中の赤い外套を誇るようにひるがえす。

「ふむ、ずいぶんとこれ見よがしに、尻尾のごとく赤いマントを振っているが……つまりは、グラトニアの走狗となったというわけかね。なるほど、見事な転身だ」

「言葉に気をつけろっつってんだ、これがな。おたくのまえにいるのは、グラトニア帝国征騎士序列6位……上半分<アッパーハーフ>のトゥッチさまだ。負け組<ルーザー>のおじんとは、格が違う」

「……それで、グラトニアの征騎士とやらが、こんな宇宙の片隅にまでなんのようかね?」

 対峙する二人の男のあいだに満ちる緊張が、じょじょに増していく。トゥッチの仕草さから無駄な動きが減っていき、カイゼル髭の伊達男は前傾姿勢となる。

「あちこちの次元世界<パラダイム>でウチの兵卒にちょっかいを出しておきながら言ってくれるぜ、おじん。皇帝陛下直々におたくの抹殺指令が出ているんだ、これがな」

 コーンロウヘアの男の口元が、サディスティックにゆがむ。右手に握られた大型リボルバーの銃口が、『伯爵』へ照準をあわせる。

「見ず知らずの征騎士に始末されるよりも、顔見知りのおれっちが引導を渡してやったほうがよかろうと思って、わざわざ志願してやったんだ、これがな。慈悲深いだろ?」

「ふむ、ありがた迷惑というものかね……この機会だから、正直に言おう。我輩、セフィロト社時代から、貴公のことがあまり好きではなかった。何事も、がさつすぎる」

「言葉に気をつけろ、ってのも三度目だ、これがな。おじんが土下座して頼むのなら、皇帝陛下に助命嘆願してやってもいい、と考えていたんだが?」

「貴公に借りを作るなど、ぞっとしない話かね。それはそうと……仮にも騎士を名乗るのならば、降伏勧告など我輩を負かしてから言いたまえ。トゥッチ!」

「まだわかっていねえようだ、これがな! セフィロトエージェント時代と同じだと思うなよ……ついでに言えば、おれっちもおたくのことが気に喰わなかったんだよ、おじん!」

 コーンロウヘアの男の拳銃が、火を噴く。目標の足の甲を正確に狙って、銃弾が飛来する。『伯爵』は、ゴーグルで重力波の乱気流を読みながら、ステップで回避する。

「威勢ばかりで、ざまあねえ姿だ、おじん! 武闘派のスーパーエージェントって肩書きはハッタリだったか、これがな!!」

 トゥッチは、立て続けに発砲する。カイゼル髭の伊達男はウサギのように左右に飛び退きながら、狙いをはずしていく。

 6発という装填数に縛られた武器を手にしている割に、コーンロウヘアの征騎士の引き金は軽い。

(ふむ……当然のことながら、予備の銃を用意していると考えるのが妥当だろう……だとしても、持ち替えなり再装填なりのさいに隙は生じる。それよりも、だ……)

 回避に徹しつつ『伯爵』は、トゥッチの戦闘スタイルを反すうする。セフィロト社にいたころ、ノーマルエージェントたちの戦い方は一通り把握していた。

(……射撃が、正確すぎるかね?)

 カイゼル髭の伊達男は、口にすることなく胸中でつぶやく。

 次元間巨大企業の非合法工作員だったころのトゥッチは、銃器を好んで使っていたが、精密射撃は得意ではなかった。サブマシンガンによる制圧射撃が、彼の基本的な戦闘スタイルだった。

「どうした、おじん!? このまま逃げまわってばかりじゃあ、ワンサイドゲームのハメ殺しだ、これがな!!」

 6発目の銃声が響く。まずは機動力を削ごうという算段なのか、執拗に足を狙った射撃だ。だが問題は、どこを狙っているかではない。その精度だ。

 彼我の距離はある程度、離れている。拳銃の間合いだ。『伯爵』が応戦するとすれば、ナイフを投げつけるのが妥当な選択肢だ。

 だが、カイゼル髭の伊達男がその一手を選択しないのには事情がある。暴風のごとく吹き荒れる重力波の影響だ。投擲しても、まっすぐ飛んではくれまい。

 次元世界<パラダイム>の残骸を満たす力場の沼は、当然、銃の弾道にも影響する。トゥッチの射撃精度を、いぶかしむ理由でもある。

 にも関わらず、先ほどからの射撃は、『伯爵』が回避行動をとらなければ狙い通りに撃ち抜いていたであろう百発百中の精度を誇る。

「おいおい……おれっちを退屈させてくれるなよ、おじん……このまま、セフィロト社が誇った最高戦力を刈りとっちまうぜ、これがな!」

「ふむ。ターゲットをしとめるまえに勝利を確信する、詰めの甘さは相変わらずかね、トゥッチ?」

 トゥッチの安い挑発に、『伯爵』は軽口を返す。いま、大型リボルバーの弾倉のなかは空のはずだ。にも関わらず、コーンロウヘアの男は、攻めの表情を崩さない。

 あえて反撃を誘っている可能性を考慮して、カイゼル髭の伊達男も即座に反撃へは転じない。代わりに、相手の姿を仔細に観察する。

 大型拳銃のグリップを握る指は手袋に、前腕は黒い防刃コートにおおわれている。袖口からのぞく手首から、わずかな金属光沢が見える。

(なるほど、合点がいった……右腕を、サイバーアームに置換したか。射撃精度は、その補正機能によるもの……セフィロト社時代に、ドクが似たようなものを開発していたかね。それは、そうと……)

「……どこで、かね?」

「ああ? なにを言ってやがる、おじん」

 つぶやくような『伯爵』の問いに、コーンロウヘアの男は、いぶかしむような言葉を返す。

「右腕を失う遅れをとったようだが、どこで、かと思ってね。セフィロト社時代のころは、健在だったはずだが?」

「おじん、おたく……ッ!!」

 一瞬、トゥッチの双眸に激情の炎が燃えあがる。コーンロウヘアの男は。かんしゃくでも起こしたように乱暴に、右手に握っていたリボルバーを地面へ叩きつける。

 大型拳銃が、不自然な転がり方をしながら重力の沼へと引きずりこまれていく。『伯爵』は即応体勢を維持したまま、相手の動きを待ちかまえる。

「ハメ殺しにしてやる……これがなッ!!」

 トゥッチは、機械製の右腕をカイゼル髭の伊達男へ向かって、まっすぐ突きのばす。

 手と五本の指が生身の人間にはあり得ない方向に曲がり、たたみこまれると、前腕部が上下にスライドする。

 サイバーアームが展開され、内側に格納されていたマシンガンの銃身が露出すると同時に、激しいマズルフラッシュがほとばしる。

 自身を襲うフルオート射撃の豪雨を回避すべく、『伯爵』はパワーアシストインナーの出力を両脚へとまわし、真横方向に全速で疾駆した。

【砕牙】

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