【第7章】奈落の底、掃溜の山 (13/23)【固着】
【穴掘】←
「このワタシは、『シフターズ・エフェクト』と呼称しているかナ」
独力で世界間移動を果たした人間──パラダイムシフターは、世界法則に囚われない特異な能力に覚醒することがある。
その能力は千差万別で一概に分類することは出来ないが、おそらく、次元世界<パラダイム>のくびきから解き放たれたことが原因だと推測できる。
以前、ドクターがそのように言っていた。
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「──これが、こちらのシフターズ・エフェクトだ」
「初めて口をききやがったか。なにを言っているか、さっぱりわからねえがな」
アサイラが、漆黒のコンバットスーツがゆっくりと起きあがるのを見る。一時は完全な戦闘機械であることを疑ったが、どうやらそうではないらしい。
目前の敵は、ゆっくりと確かめるようにアサルトライフルのカートリッジを交換する。そして、銃口はまっすぐとアサイラへ向けられる。
「勇者サマ、逃げろ!」
遠くから、ワッカの叫び声が聞こえる。その通りだ。
銃弾をかわすために遮蔽を取るか、ガレキの穴に逃げ込むか、あるいは、狙いを定められないように動き続けねばならない。
「グヌゥ……」
アサイラは、うめく。
思考では理解していても、身体が動かない。右足の裏側だけが、地面にぴったりと張り付いて、離れない。
「勇者サマ、なぜ逃げない!?」
悲鳴にも似たワッカの声が、ガレキの山に反響する。アサイラは、必死に踏ん張り、右足を引き上げようとする。
──できない。
まるで、物理法則とはまったく違うルールに囚われたかのように、動かない。
額に幾粒もの汗を浮かべたアサイラは、前方を見やる。エージェントが、アサルトライフルのトリガーに指をかける。
「ク……ッ」
やむをえず、アサイラは身をひねり、体躯の側面を相手に向ける。相手に相対する面積を最少にし、そのうえで両腕を使って頭部とわき腹をガードする。
マズルフラッシュを伴いながら、乾いた銃声が反響する。フルオート射撃によってばらまかれる鋼の弾丸たちが、アサイラの身を引き裂く。
「ヌギイ──ッ!!」
アサイラは、被弾の衝撃で後方へと吹き飛ばされる。四肢のあちこちの肉が削りとられ、ガレキのうえに鮮血がまき散らされる。
(なにが……あった!?)
アサイラは、金属片の地面を転がりながら、片ひざをつく。とっさに、地面から離れた右足の裏を見る。
そこには、動物の肉球を思わせるような黒い跡が張り付いていた。それは、風に吹き飛ぶ塵のように、見る間に霧散していく。
「なにが、どうなって……いやがるッ!!」
アサイラは、傷口に汚染空気がしみる痛みに耐えながら、どうにか立ち上がる。
目前の敵は、グレネードを投げてくる。アサイラは、手刀で弾き飛ばそうと試みる。交錯の瞬間、手榴弾の側面についた肉球の跡を見る。
無害化できる距離まで弾き飛ばせるはずだったグレネードは、アサイラの右手にぴったりと固着する。離れない。
「グヌウッ!!」
アサイラの手元に張り付いたまま、グレネードは爆発する。アサイラの右手と前腕が、ひしゃげる。炸裂の衝撃で、その場に転倒する。
『淫魔』が言うには、アサイラの肉体は常人よりもはるかに頑丈に出来ているらしい。だからこそ、四肢の喪失はまぬがれた。
それでも、耐え難い苦痛に代わりはなく、戦闘中に右腕をふるうことも絶望的となった。
→【打破】
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