190616パラダイムシフターnote用ヘッダ第07章12節

【第7章】奈落の底、掃溜の山 (12/23)【穴掘】

【目次】

【要撃】

「ギ、ギィ……この穴、ワッカが……掘ったのか?」

「穴掘りは、発掘者<スカベンジャー>の得意技だら!」

 誇らしげな声のワッカは、酸素ボトルを差し出す。アサイラは、感謝の言葉を告げる間もなく、荒く息継ぎをする。

 清浄な空気が、アサイラの思考をクリアにしていく。

(あの野郎は、当然、このくらいで見逃してはくれないだろう……)

 アサイラとて、やられっぱなしで終わるつもりなどない。一呼吸ついたアサイラは、酸素ボトルをワッカに返しつつ、話しかける。

「ワッカ、これから言うようなことはできるか?」

 アサイラは、防護服越しにワッカに耳打ちする。小人の発掘者<スカベンジャー>は、うなずきを返す。

「……まかせるだら!」

「よし、いくぞ!」

───────────────

 ガスマスクのエージェントは、電磁ネットの着弾地点に空いた穴に銃口を向けて、ゆっくりと旋回していた。

 偶然の崩落にしては、あきらかに出来すぎだ。

 戦闘に入る直前、ターゲットは原住民と行動をともにしていた。ならば、その協力によるものと考えるのが自然か。

 プランの修正を思案するコンバットスーツのエージェントは、突如、自分の背後に気配を感じる。

「ウラア!!」

「……ッ!?」

 エージェントが背にした地面に穴が空くと同時に、ターゲット──アサイラが、直上に跳び蹴りを放つような態勢で飛び出す。

 ガスマスクのエージェントは、前転し、かろうじて致命的な一撃を回避する。

 振り向きざまに三点バースト射撃をするが、機敏な身の動きのターゲットには命中させられない。

「チッ、かわされたか。まあ、かわすよな」

 アサイラは、強がるような笑みを浮かべる。

 コンバットスーツのエージェントは、アサルトライフルを構えつつ、真横に疾走する。フルオート射撃のトリガーを引こうとする。

 そのとき──

「……ッ!!」

 ボコォ、と音を立てて、進路の先をふさぐようにガレキの地面に穴が空く。

 エージェントは、反射的に足を止め、方向転換しようとする。そのすきを突き、アサイラが間合いを詰める。

「ウラア……ッ!!」

 フルフェイスのガスマスク側面めがけて、大降りの拳が襲いかかる。エージェントは後方に飛び退き、ぎりぎりでかわす。

 牽制の三点バースト射撃を放とうとしたとき、足元からわずかな音が聞こえる。ふたたび、狙い澄ましたように穴が口を開く。

 コンバットスーツのエージェントは、落下こそまぬがれたが、銃口の照準はずれ、弾丸は見当違いの地点を穿つ。

「ウ……ッ、ラア!!」

 ミサイルのごとき勢いで、アサイラの跳び蹴りが飛翔する。

 肩口にかすりつつも、かろうじて回避したエージェントは、間合いを取ろうと獣のように駆けはじめる。

 先回りするように、ガレキの斜面に陥井が開く。

「チイ……ッ!!」

 ガスマスクの下からでもわかるような舌打ちを響かせ、エージェントは腰のポーチからグレネードを取り出す。

 信管を抜き、目前の穴の底へと放りこむ。コンマ五秒後、いままで空いた穴々から、一斉に白煙が噴き出してくる。

 一番離れた穴から、ボロのような防護服に身を包んだ原住民──ワッカが、飛び出すのが見えた。

 エージェントは、ターゲットの処理に移ろうと背後を振り返る。

 その視線の先には、いままさに飛び迫る、アサイラの蹴りがあった。

「ウウゥゥゥ! ラアアァァァ!!!」

 アサイラの渾身の跳び蹴りが、ガスマスクにおおわれた顔面に叩きこまれる。

 ビル解体用の鉄球が直撃したかのような衝撃を受けて、エージェントは後方に十メートルほど吹き飛び、そのまま仰向けでガレキ野原に倒れる。

「やっただら!!」

 離れた地点から一部始終を見届けていたワッカが、歓声を上げる。

 アサイラは、蹴りの反動で後方へと跳び、着地と同時に残心の構えをとる。そのとき、アサイラは自分の右足の違和感に気がつく。

「……ッ?」

 右足が、動かない。先ほどまでの戦闘で傷を負ったわけでも、着地のさいにくじいたわけでもない。

 接着剤で張り付けられたかのように、右足の裏が地面から離れない。

 額に冷や汗を浮かべるアサイラの視線の先で、漆黒のコンバットスーツを身にまとった敵が、ゆっくりと起きあがる。

「……『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』」

 ガスマスク越しのくぐもった声で、しかし確かに、エージェントはそう言った。

【固着】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?