190616パラダイムシフターnote用ヘッダ第07章11節

【第7章】奈落の底、掃溜の山 (11/23)【要撃】

【目次】

【瓦礫】

「……ここらへんに、落ちたはずだら」

 すでにガレキの山に頂にだいぶ近づいた地点で、ワッカはつぶやく。汚染の程度は、アサイラが落下した場所と同程度だ。

 すでに防護服では遮断しきれなくなっているが、アサイラにとっては、軽減してくれるだけでも十分ありがたい。

「あんだけ大きな布がくっついていたんだら。すぐに見つかりそうだら……」

 手にしたスコップでガレキの表面をかきわけるワッカを横見に、アサイラも周辺を探索する。

 少し離れた、比較的、平らになった地点で、アサイラは、足元に灰のようなものが付着しているのを発見する。

「燃やしたあと……あのパラシュートか? なんのために?」

 アサイラは、その場にひざをつき、痕跡を精査しようとする。

 刹那、正面からガレキがわずかに崩れる音を察知する。

 次の瞬間、周囲を切り裂くような銃声が響きわたる。

「──グヌゥ!?」

 アサイラは、とっさに横に飛び退き、ガレキの地面のうえを転がった。頭を狙った三点バースト射撃が、肩口をかすめ、鮮血がにじむ。

「勇者サマ! いまのおとは……!?」

「来るな、ワッカ! 下がっていろ!!」

 アサイラは、駆けつけようとする発掘者<スカベンジャー>を制止しつつ、ゆっくりと立ち上がる。

 対峙するように、ガレキのなかに身を隠していた射撃者が姿を現す。

 漆黒のコンバットスーツに、フルフェイスのガスマスクを装備し、手にはアサルトライフルを構えている。

「……セフィロト社の、エージェントか?」

 アサイラの誰何に答える代わりに、アサルトライフルのトリガーが引かれる。ふたたび、三点バーストで銃弾が放たれる。

「ヌギィ……ッ!!」

 横っ飛びで回避を試みたアサイラのわき腹を、銃弾がえぐる。防具服の布地が吹き飛び、激痛が走る。

 アサイラは傷口を片手で押さえつつ、正面の敵をにらみつける。

「まあ、誰かなんて聞く必要もない、か……比喩じゃなくて、本当に地獄の果てまで追ってくるとは、さすがに思わなかったぜ……ッ!」

 ガスマスクの敵は少しも言葉を発さず、戦闘機械のように無感情に銃口をアサイラへと向け続けている。

「せっかく仕立ててもらって心苦しいが……四の五の言っている場合じゃない、か!」

 アサイラは、被弾してできた破れ目から、引きちぎるように防護服を脱ぎ捨てる。

 腐食性の毒ガスが全身をさいなむが、身動きを制限されたまま、銃弾になぶり殺しにされるよりはマシだ、と判断する。

 アサイラは、徒手空拳の構えをとる。過酷な環境を敵に回しながらも、感覚を研ぎ澄まし、推定エージェントの動きを捉えようとする。

「グヌ……ッ!?」

 アサイラが防護服を脱ぎ捨てたのを見るや否や、ガスマスクの敵は、重装備をものともしない俊敏さで走り始める。 

 アサルトライフルの引き金が引かれる。アサイラを中心として旋回するように走りながら、フルオート射撃で銃弾がばらまかれる。

「……チイッ!」

 アサイラは、その場で小刻みなステップを踏みながら身を動かし、敵の狙いをそらそうと試みる。

 四方八方から襲いかかる銃弾は、かろうじて急所にこそ当たらないものの、全身の肌を切り刻んでいく。

 くわえて、激しい運動に伴い呼吸が荒くなれば、それだけ汚染空気が強く肺腑を蝕んでいく。

(長期戦は……不利、か!)

 アサイラは、猛攻をかいくぐり、自分の間合いに踏みこもうと、すきをうかがう。

 と、鉛玉の暴風雨が、唐突に静止する。

(……弾切れか?)

 再装填のすきを突いて反撃に転じようと、アサイラは腰を落とす。敵は、ゆっくりと歩幅を狭め、やがて足を止める。

 だが、アサイラが期待するリロードの動きは見せない。黒光りする銃口の照準を、ぴったりとアサイラの正中線に合わせ続けている。

 アサイラは、アサルトライフルの銃身下部に装着された機器に気がつく。

「グレネードか……ッ!!」

 アサイラが叫ぶと同時に、銃口が真上にずれる。アサイラの頭上めがけて、擲弾が射出される。

 天を仰ぐアサイラの視線の先で、グレネードが破裂する。

 内側から広がったワイヤーネットが四方に大きく展開し、アサイラにおおい被さるように落下する。

「グヌゥア──ッ!?」

 ガレキの荒野に、アサイラの悲鳴がこだまする。ターゲットに絡みつき、動きを封じる投網から緑色の電光が放たれる。

 ネットを構成するワイヤーに高圧電流が走り、アサイラの身をさいなむ。

 コンバットスーツの敵は、身悶えるアサイラの姿を見据えながら、悠々とアサルトライフルの銃弾カートリッジを交換する。

「ギ、ギギ、ギギィ……ッ」

 アサイラは、怨嗟にも似たうめき声をもらしながら、激しく身悶える。

 高圧電流、ネット、この次元世界<パラダイム>の汚染空気──すべてが、アサイラにとって最悪の相性をもって、牙をむく。

(全部、俺をしとめるための……お膳立てだったって……わけ、か!)

 投網と電圧で身動きを封じられたアサイラは、その場に倒れ伏す。

 この場で、引導を渡されるか。それとも、生け捕りにされるのか。どちらにせよ、最悪の展開であることは間違いない。

 そう思った瞬間、アサイラの真下のガレキが奇妙な音を立てる。刹那、真円を描くように穴が開き、アサイラはガレキの地面の下へと落ちる。

「グ……ッ。ヌウ……」

「おい、勇者サマ! だいじょうぶだら!?」

 ワッカの声が聞こえる。アサイラは、どうにか顔をあげる。

 電磁ネットから逃れたアサイラは、ワッカとともに、モグラが掘ったかのような小さなトンネルのなかにいた。

【穴掘】

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