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【第2部10章】戦乙女は、深淵を覗く (3/13)【夜這】
【行動】←
「ふえ──ッ! 何者だ!?」
自らの居室、その寝台のうえで横臥していた寝間着姿のアンナリーヤは、上半身を起こし、大声で侵入者に誰何する。
「アサイラッ!」
「あまり気は進まないか……!」
「いまさら、あとには退けないのだわ!!」
リーリスの呼びかけに応じて、黒髪の青年が無防備な姫騎士に向かって駆けこんでいく。
ひざ立ちになったアンナリーヤとアサイラは敷布のうえでもみあいになる。ほぼ奇襲を受けたかたちの姫騎士はまともに対応できぬまま、両腕をつかまれる。
「貴殿らか!? 見損なったぞ……このような卑劣な行為に手を染めるなどとは思っていなかったからだッ!!」
「アサイラ、悪いんだけど、少しのあいだ口を抑えておいて」
「ああ……すまないな、アンナリーヤどの」
「謝るくらいなら、そもそも──むぐッ!?」
黒髪の青年は、姫騎士のか細い右腕を片手でひねりあげる。呼吸を完全に封じてしまわないよう注意しつつ、もう片方の手のひらで口をふさぐ。
「ごめんなさいだわ、王女さま。『人払』の魔法<マギア>の結界を構築したら、すぐに解放するから……」
うしろ手で扉を閉めながら、リーリスはばつの悪そうな微笑みとともに会釈する。
ゴシックロリータドレスの女は、濃紫のスカートをひるがえしながら、客間にほどこしたのと同じ方法で城主の居室の壁に魔法文字<マギグラム>を書きこんでいく。
「むぐぅ……! むぐぐっ!!」
「グヌッ!?」
戦乙女の姫君は、双翼を勢いよく広げて、アサイラの顔に叩きつける。黒髪の青年はひるみ、拘束がほどける。
「げほ……っ。貴殿たち、なんのつもりだ! これが自分たちのもてなしに対する返報か!? なにか要望があるなら、言葉にすれば済む話だからだッ!!」
アンナリーヤは激情にまかせて、怒鳴り声をまくしたてる。アサイラは至極ごもっともという表情を浮かべ、リーリスはあきれたように肩をすくめる。
「アサイラ。王女さまのこと、もっと優しくしっかりと抱きしめてあげるのだわ」
「けがをさせるわけには、いかんだろう……力加減が難しい、か」
四肢と翼を激しく振りまわしてもがく姫騎士を、黒髪の青年はどうにか寝具のうえに抑えつけようとするが、手加減しているためか一筋縄ではいかない。
「誰か! 誰か、来きてくれ……狼藉者が踏みこんできたからだッ!!」
アンナリーヤはあらんかぎりの声で叫び、外部に助けを求める。人差し指を壁に這わせて部屋を一周したリーリスが、いたずらげな表情で振りかえる。
「たったいま『人払』の結界が完成したのだわ。あなたの声はそとに届かないし、ついでに言えば、見張りの娘は廊下で幸せな夢を見ながらおやすみ中」
「クッ! 悲憤慷慨だ……どこまでも悪辣だからだ!!」
ヴァルキュリアの姫君は、鞘に納められて枕元に置かれた剣に手をのばす。アサイラは、とっさに腕を払って妨害する。
「うおぁぁ──ッ!!」
「グヌウッ!?」
黒髪の青年の体勢が崩れたすきをついて、アンナリーヤは思い切り双翼を広げる。白い羽が巨大な扇となって、男の視界をふさぐ。
姫騎士は、そのまま力強く翼を羽ばたかせる。室内で浮遊し、三次元軌道で飛翔する。その視線の先には、壁にかけられた突撃槍<ランス>と大盾がある。
「ぬふっ。おあいにくさま、そうは問屋がおろさないのだわ」
「──ふえっ!?」
コウモリのように黒い翼を広げたリーリスが、壁を蹴って一直線にアンナリーヤへと飛びかかる。虚を突かれた姫騎士は、抱きつかれてバランスを崩し、墜落する。
「クッ! 貴殿が翼を隠し持っていたとは……!!」
「グリン。あなたたち、戦乙女に比べれば赤ちゃんみたいな飛行能力だわ。それはそうと──」
アンナリーヤに対して馬乗りの姿勢になったゴシックロリータドレスの女は、眼下の姫騎士の瞳をのぞきこむ。
「──むぐう!?」
リーリスの華奢な身体を強引にひっくり返そうと力をこめていたアンナリーヤの四肢が、突然、本人の意志とは無関係に脱力する。
「こ、れ、は……?」
「精神干渉能力とでも言えばいいかしら? こっちが私の十八番だわ」
黒翼を広げたゴシックロリータドレスの女は、『淫魔』と呼ぶのがふさわしい妖艶な仕草で自分の髪をなでつつ、舌なめずりする。
「あなた、いろいろとワケありのうえに、隠しごとしているでしょう? 言葉にしてくれるのなら、話は早いんだけど……」
「貴殿、に、は……関係、な、い、こと……だ、から、だ」
「ぬふふふ……強情な娘。だから、カラダを通して教えてもらうことにしたのだわ」
リーリスの両手の十本指が、淫靡にうごめきながらアンナリーヤの頬に触れる。ゴシックロリータドレスの女は前かがみになり、二人の顔の距離が縮まっていく。
「それにね。私たち、別にケンカをしに来たわけじゃないのだわ。ディナーは、最高に美味しかったし。純粋に親睦を深めようと思っただけ」
背後で肩をすくめるアサイラを無視して、リーリスは姫騎士と唇を重ねあう。四肢の弛緩したアンナリーヤは、『淫魔』のふたつ名を持つ女のなすままになる。
「んちゅう。じゅるるぅ」
「ふえぇ……むぐぐ……」
リーリスとアンナリーヤの舌が、蛇の交尾のように絡みあう。ゴシックロリータドレスの女の唾液が、姫騎士の咥内へと流しこまれ、口角からもあふれ出す。
「……んぐっ」
自分の体液を姫騎士が嚥下したのを確かめて、リーリスはようやく唾液でてかる唇を解放する。
アンナリーヤは一度だけ、びくんっ、と背筋をのけぞらせる。視線は宙をさまよい、四肢は強い酒で酩酊したかのように弛緩しきっている。
「ぬふふ……アサイラ、頼むのだわ」
「……ああ」
少しばかり不本意そうな声音で返事をした黒髪の青年は、敷布のうえであぐらをかいていた姿勢から立ちあがる。
アサイラは、床のうえに大の字で倒れこむ戦乙女の姫君を抱きあげると、ベッドに運んで横たわらせる。唇のはしから唾液がこぼれ、切なげな視線が青年を見あげる。
「ぬふっ、ぬふふふ……さあて、ここからお楽しみだわ。王女どの?」
思わせぶりなモンローウォークで腰をくねらせつつ寝台に歩みながら、『淫魔』のふたつ名を持つ女はスカートのホックをはずす。
衣ずれの音を立てながら、リーリスの肉付きのよい太ももと黒いレース生地のショーツが露わになる。
ゴシックロリータドレスの女は、その衣装を一枚ずつ脱ぎ捨て、姫騎士のもとにたどりつくまでには完全なランジェリー姿になっていた。
→【童心】
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