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【第15章】本社決戦 (16/27)【死怪】

【目次】

【傲慢】

「アサイラ──ッ!!」

「なにを呆けているのですわ、『淫魔』!?」

「こういう相手、私には苦手なタイプだわ……そういう龍皇女は、どうなの!!」

「わたくしは、シルヴィアどのを抱えているのですわ!?」

『くわッ! かしましいぞ、小娘どもが……』

 念入りにすりつぶすように、アサイラのいた場所に手のひらをこすりつけていたオワシ社長は、チューブ製の外殻をまとったまま立ちあがる。

 莫大な導子力を放出するメインリアクターから伸びて、筋繊維のごとくからみあった合金製の茨は、不気味に緑色の輝きを発光している。

 無貌の頭部に、餓獣のごとく顎を開いて、巨躯の『社長』は、悠然と女たちのほうを仰ぎ見る。

『貴様らのごとき小娘が、細工を弄したところで、儂にとっては些事に過ぎん』

「グリン。なめられたものだわ、私たちも、アサイラのこともね」

「ええ、まったく。ずいぶんとひどく侮辱されたものですわ」

『格、というものの差を理解できんとは、ほとほと救いようのない小娘どもよ……』

 オワシ社長の声音に、鋭利な殺意がこもる。すると、周囲の体感温度が急激に低下し始める。『淫魔』と龍皇女は、ひるむことなく相手を見据え続ける。

『いま、この身にまとっている人造肉体は『ドクター』の発明品……そして当然、儂の『シフターズ・エフェクト』は別にある……ッ!』

 室内の気温は、ますます低下していく。『淫魔』と龍皇女は、横目で互いに視線を交わしあう。

「……気のせい、ってわけではなさそうだわ。この寒気」

「そのうえ、冷気を操る能力というわけでもなさそうですわ。この感覚は……屍術のものに、近い」

 ゴシックロリータドレスに身を包んだ女は、身震いする。金属室の床から、もやのようなものが立ちはじめる。

 広大な社長室に充満する冷気がそうであるように、白くぼやけたかすみも幻覚というわけではなかった。霧のような気体は空中で、より集まり、実体を成していく。

 やがて、女たちとオワシ社長のあいだをさえぎるように、奇怪で巨大な魚類のごとき存在が顕現する。

 瞳は白く濁り、うろこはところどろころはげ落ち、ひれはやぶけ、天井をおおい隠すほどの巨体からは、ときおり、膿のごとき汚汁がしたたり落ちる。

「──『死怪幽魚<ネクロリウム>』ッ!」

 龍皇女の双乳に顔をうずめていたシルヴィアが、オワシ社長の産み出した怪魚を一瞥して、叫ぶ。

 獣人の娘がいっそう激しく、全身を震わせ、無きじゃくる子供のように、ぶんぶんと頭を左右に振る。

「ずいぶんと、悪趣味な能力だわ……」

「知っているのですね、シルヴィアどの?」

「……昔、社内クーデターが発生したとき、『社長』が単独で状況を鎮圧した能力だな。あれ以来、逆らおうとする人間は、誰もいなくなった」

 龍皇女に、おびえすくむ獣人の娘に対して、オワシ社長が顔を向ける。

 シルヴィアを抱きしめるクラウディアーナは、老体をにらみかえす。『淫魔』は、上空に浮遊する怪魚に監視の目を光らせる。

『恩義は忘れても、恐怖は覚えているようだな。シルヴィア……もう一度、言うぞ。最後通告だ。そこの侵入者どもを、始末しろ』

「……その必要はない、か」

 老人とは別の男、若者の声が聞こえてくる。いまだ床に叩きつけられたままのチューブ製の手のひらが、真下から押しあげられていく。

 すりつぶされたかのように思われたアサイラが、フロアと巨人の手の隙間から姿を見せる。『淫魔』がため息をつき、龍皇女は微笑み、獣人の娘の震えがおさまる。

「グヌヌウ……ギギィ……」

 青年は、手にした『龍剣』の側面で殴打を受け止め、全身の筋力を振り絞り、巨人の手のひらをジャッキのように押し返していく。

「……ウラアッ!!」

『くわあ……ッ!?』

 アサイラが雄叫びをあげると同時に、巨躯を形作るチューブ製のマニュピュレータが弾き飛ばされる。

 クレーター状にへこんだ金属質の床から這いだした黒髪の若者は、大きく息を吐くと、白銀に輝く刃の大剣をオワシ社長に向けて構えなおした。

『……ッシャア! この死に損ないがあッ!!』

「死に損ないってのは、どっちの話か? クソジジイ……」

 蒼黒い噴出を放つ『龍剣』を手にしたアサイラと、巨躯の外殻に身を包んだオワシ社長はふたたび対峙する。

 二人の一騎打ちを邪魔させないよう、浮遊する巨大怪魚が身をくねらせ、三人の女に向かって牙をむく。

「下がりなさい、『淫魔』! シルヴィアどのを、頼みます!!」

 龍皇女は叫びつつ、背中から白銀の翼を一枚、現出させる。燐光をまき散らしながら、上位龍<エルダードラゴン>の翼が、怪魚の側面を打ちすえる。

「──む?」

 険しげな表情を、龍皇女は浮かべる。浮遊する怪物は、一瞬だけ動きを止めた。だが、それだけだった。ふたたび身をくねらせつつ、頭上から迫り来る。

「一撃で黙らせるつもりでした、が……これは、侮れぬ相手のようですわッ!」

 龍皇女、クラウディアーナの全身が、まばゆい白銀の閃光を放つ。その姿は、見る間に巨大化して、尾を失った六枚翼のドラゴンへと変じる。

 龍皇女と死怪幽魚<ネクロリウム>が、互いののどを斬り裂こうと牙を突き立てあう。『淫魔』は龍の真下へと駆けこみ、身を横たえるシルヴィアを抱き起こす。

「シルヴィア! だいじょうぶなのだわ!?」

「く、くぅ……ん」

 ゴシックロリータドレスの女の問いかけに、獣人の娘は小刻みに身を震わせながら、わずかにうなずきをかえす。

 シルヴィアは、タンクトップに包まれた大ぶりな胸を上下させながら、ゆっくりと呼吸を整える。

 狼耳の娘は、かたわらに転がるアサルトライフルをつかみ、若干ふらつきながら立ちあがる。グリップの具合を確かめ、臨戦態勢を取り戻す。

『く、あ──ッ!?』

 シルヴィアと『淫魔』の頭上で、龍の腹が振動する。浮遊する怪魚が、上位龍<エルダードラゴン>の背筋に食らいつき、その身を揺さぶる。

 龍態のクラウディアーナはついには力負けし、その巨体が床のうえに横倒しになる。広大な社長室全体が、衝撃で激しく振動する。

 巨大怪魚は、今度こそ獲物ののどぶえを食いちぎろうと、龍皇女に肉薄する。

──ピンッ。

 そのとき、小さな金属音が響く。シルヴィアが、手榴弾の信管を抜いた。狼耳の娘は、オーバースローで腕を振るう。

 にぎり拳ほどの大きさのグレネードが、死怪幽魚<ネクロリウム>の口のなかへと吸いこまれていく。二秒後、怪魚ののどから、くぐもった爆発音が響く。

 怪魚は、体内からの衝撃に耐えきれず墜落し、身悶える。その隙をついて、龍皇女は起きあがり、体勢を立て直す。

『助かりました、シルヴィアどの……だいじょうぶ、なのですね?』

 クラウディアーナの問いかけに、獣人の娘は今度こそ力強くうなずきをかえす。

「マスターや、二人にばかり、任せていられないのだな……こちらも、戦う」

『うふふふ。『淫魔』は、なにもしていませんけど。ともあれ、シルヴィアどののいつもの頼もしさが戻ったことには安心したのですわ』

「龍皇女だって、その図体で力負けしたくせに。私だって、これから一仕事しよう、と思っていたところだわ」

 龍皇女に対して肩をすくめて見せた『淫魔』は、紫色のゴシックロリータドレスのフリルを揺らしながら、肩幅ほどに脚を開く。

 ウェーブのかかった髪のしたで神秘的な輝きを放つ、緑色の瞳を見開く。『淫魔』が見据える視線の先には、浮遊怪魚の巨大な濁った眼球がある。

 次元転移者<パラダイムシフター>の特異能力で具象化されでも、生物の形であれば簡単な精神構造を持っている場合が多い。本体の思考とリンクしている場合もある。

「──グリンッ!」

 双眼に導子力を集める。『淫魔』の両目が、翡翠のごときの輝きを放つ。

 十八番の精神掌握で、眼前のモンスターの精神をハックし、あわよくば自分の手駒に、そうでなくても無力化する。可能であれば、『社長』の思考へと侵入する。

──殺骸滅絶亡呪恨屍怨死屍骸恨滅呪躯絶死亡殺滅呪骸亡屠恨死躯怨屍殺亡屠骸滅絶恨怨死屍屠恨躯滅殺怨屍絶亡死恨亡死怨屍屠滅殺呪躯絶屠恨屍躯怨死滅呪殺……

 視線による精神接続を果たした刹那、『淫魔』の思考に異様な思念が逆流してくる。

 何百何千という膨大な数の亡者が奏でる怨嗟のごときうめき声に、『淫魔』はあわてて精神のリンクを切断する。

「こいつ……死霊だわ。それも、相当な人数を圧縮した集合体……」

 瞬間的に負荷のかかった両目を右手でおおいながら、『淫魔』がよろめきながらつぶやく。亡者への精神接続は、『淫魔』に限らず正気を危うくする行為だ。

 ゴシックロリータドレスの女の頭上で、龍態のクラウディアーナがため息をつく。

『どうやら、この相手に対して『淫魔』は役立たずであることが確定ですわ』

「うっさいのだわ、龍皇女。あなたたちが到着するまでに、一年分は働いたわよ」

「そうだな。ここから先は、皇女さまとこちらの番だ」

 両手でアサルトライフルを抱えたシルヴィアが、狼の尾を揺らしながら、上位龍<エルダードラゴン>の影から駆けだしていく。

 迫り来る死怪幽魚<ネクロリウム>に対して、龍態のクラウディアーナはまばゆい六枚翼を広げ、迎え撃つように鋭利な牙をむいた。

【奮戦】

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