見出し画像

【第2部9章】月より落ちる涙一粒 (6/16)【方法】

【目次】

【案内】

「まずは……周辺の地形を教えてもらってもよいかしら」

 ミナズキとエルフたちは、『聖地』のかたわらに張った天幕のなかにいた。狩人の一人が、黒髪のエルフ巫女の要請に応えて、敷物のうえに地図を開いてみせる。

「ここが、いまいる場所……『聖地』だ。こちらが、俺たちの村」

 エルフの族長が、指さしながら説明する。ミナズキは説明を聞きながら、地図に書きこまれた情報を凝視する。

 おそらく精緻に測量されたものではなく、狩人たちの知見をまとめただけのようだが、地形や植生など思っていた以上の……必要十分な情報は記されている。

 黒髪のエルフ巫女が育った次元世界<パラダイム>である陽麗京。そこで培った符術巫としての経験と照らしあわせれば、おおまかな『麗脈』の流れも予測できる。

 同時にミナズキは、胸中で少しばかり落胆する。エルフたちの地図は、樹皮に簡単な加工を施したものに記されていた。製紙技術は、存在しない可能性が高い。

(あわよくば『霊紙』を補給できれば、と思ったのだけれども……)

 黒髪のエルフ巫女は期待していたぶん、無念に思う。陽麗京は決して技術<テック>の発展した文明ではなかったが、この次元世界<パラダイム>はさらに劣る。

『聖地』や周辺の森を見るだに、ミナズキの求める『霊紙』……その材料となる『霊木』は豊富に手に入りそうだが、加工する技術<テック>がなければ意味はない。

「それで、嬢ちゃん。どういう風に『聖地』を聖別するんだ? 俺たちは、なにを手伝えばいい?」

 エルフたちの問いかけに、ミナズキは返事をせず、まぶたを閉じる。これも、龍皇女が自分に課した課題のひとつだ。黒髪のエルフ巫女は、そう解釈する。

(やはり、符術意外の方法でやるしかない……)

 ミナズキは、己に残された方法を内省する。クラウディアーナから教わった魔法<マギア>の知識は、まだ初等の段階。『聖地』をどうこうする大事には使えない。

(ならば頼るべきは……陽麗京で、符術巫として身につけた知識……)

 黒髪のエルフは、符術の師でもある養父の教えを仔細に思い起こす。霊紙の扱い、呪文の描き方……実践的な知識ではなく、教養として教わったものに手がかりはないか。

 そもそも、いにしえより陽麗京に伝わる魔法<マギア>はより複雑で、使い手にも厳しく適正を求められるものだったと聞く。それを容易に多くの人に使えるよう落としこんだ技が、符術だ。

 陽麗京の発展の礎となり、ミナズキも修めた符術の源流にあるもの……それは、仙術と呼ばれていた。

(……反閇法)

 半ば直感的に、黒髪のエルフ巫女の脳裏にひとつの言葉が浮かぶ。

『反閇法』とは多岐にわたる仙術の技のひとつであり、特定の足取りで地面を歩くことにより発動する魔法<マギア>だ。

 自らの足を使って、地面に魔法陣を描くとも言える。そのまま大地が呪符となるようなもので、符術の直接的な先祖とも考えられていた。

「……嬢ちゃん、聞こえているかい?」

「はい。此方の方針は、おおむね定まりました。まずは……なにか書くものをいただけないかしら?」

 ようやくまぶたを開いたミナズキは、エルフの狩人に乞う。手荷物のなかから、すぐに慣らした樹皮と粗い黒墨が用意される。

(筆記用具を見ても……やはり、お世辞にも技術が発達しているとは言えないかしら)

 黒髪のエルフ巫女は、装束の懐から筆とすずりを取り出す。革袋のなかの水をすずりに注ぎ、質の悪い墨をする。

 不純物の混ざった黒い液体を筆の穂にふくませると、ミナズキは薄い樹皮のうえにさらさらと走らせる。

 そこには、陽麗京の大社造りをモデルにした神殿の絵図が描かれていた。いつの間にか話しあいの輪に紛れこんでいたメロがのぞきこみ、嘆息をこぼす。

「びっくり! ミナズキさんって絵も上手なのね」

「呪符作りと絵を描くのは、似ているかしら……というか、メロ。貴台は、外の様子を見ていたのでは?」

「えへへ……ちょっと、外の空気が重くって」

「……?」

 ミナズキは天幕の入り口から、そっと外の様子をうかがう。輝きの沼沢をまえにして、二人の上位龍<エルダードラゴン>が顔を突きあわせている。

「クラウディアーナ! 貴様はいつも勝手に話を進めおって……むつかしいことになってもうて、我は頭痛がおさまらんわ!!」

「カルタ。そなたは、わたくしがなにかを言っても、首を縦に振ったことはなかったですわ。そもそも『聖地』の放置は、『管理者』たるそなたの怠慢ではありませんこと?」

「かしましいわ! 我とて、なにもしていなかったわけではない……それ以前に『管理者』など七面倒くさい役目など、引き受けた覚えはないわ!!」

「実力的に言って、そなたが事実上の『管理者』であることに疑いようはないですわ。それとも、この次元世界<パラダイム>を荒れるままに任せると?」

「なにもしていなかったわけではない、と言っておるのじゃ! それに貴様は『落涙』のことを、どれだけ知っておる!? 派手な動きをして目を付けられれば、それこそ取り返しがつかんわ!!」

 妹龍カルタヴィアーナは腕を振りあげながら怒声をあげ、姉龍クラウディアーナは穏やかさを崩さずも毅然とした態度で滔々と反論している。

「……さすがに、あの御二方のあいだへ割ってはいるのは、此方らには荷が重いかしら」

「その通りなのね、ミナズキさん……」

 さわらぬ神にたたりなし、といった様子で、ミナズキとメロは天幕の影から上位龍<エルダードラゴン>の姉妹喧嘩を見守り続ける。

「大変だ──ッ!!」

 そのとき、エルフの狩人の一人がテントに駆けこんでくる。焚き火の薪集めと夕餉の食材調達を引き受けていた男だ。

「きゃあっ!?」

「あわわー!!」

 息を切らせて、表の姉妹ケンカも意に介さず飛びこんできた男の勢いに、黒髪のエルフ巫女とオーバーオールの金髪少女は、背中からひっくり返る。

「どうした! なにがあった!?」

 同族のただならぬ様子に、エルフの若いリーダーはすっくと立ちあがる。

「オークの群れだ……まっすぐ『聖地』に向かって来ている!」

 狩人の報告を受けて、車座に腰を下ろしていたエルフたちは色めきたち、かたわらに置いていた武器を手に取りつつ一斉に立ちあがった。

【天敵】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?