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【第15章】本社決戦 (20/27)【錯誤】

【目次】

【試行】

──ガン、ガン、ガンッ!

 浮遊怪魚の攻撃を紙一重でかわしつつ、シルヴィアはトリガーを引く。銃弾が、くすんだうろこを削り取っていく。

 ミナズキを抱き抱える『淫魔』は、獣人娘の奮闘を見つめながら、拳を握りしめる。額に、汗が浮かぶ。

 シルヴィアは、よく戦っている。だが、相手のタフネスはけた違いだ。単純に見比べても、生身で軍船に挑むほどのサイズ差がある。

「……此方が、ここに乗りこんでから、ずっと違和感がありました……さきほど、一度は、あの物の怪を祓って、確信に変わりました」

 息継ぎを挟んだミナズキは、自分の気づきを伝えようと、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。『淫魔』と龍皇女は、耳を傾ける。

「死霊とは、本来、虚ろでおぼろなるもの……もしや、この『本社』なる空間そのものが、怨念を閉じこめ、その強度を増すために造られたものではないかしら……」

「……龍皇女ッ!」

『言われるまでも──ッ!!』

 クラウディアーナの龍の頭が、天井に向かって伸びる。開かれた牙の狭間から、強烈な魔力のこもった閃光があふれ出す。

『──あぐウッ!?』

 次の瞬間、死怪幽魚<ネクロリウム>がシルヴィアを無視して、上位龍<エルダードラゴン>のわき腹に突進する。

 無防備な状態から、怪魚の頭部をしたたかに打ちつけられた龍皇女は、うめきつつ、体勢を崩す。閃光の吐息<ブレス>が、見当違いの方向をなぎ払う。

『ッシャア! やらせなど、せん……げぼおッ!!』

「……ミナズキちゃんの推理は、図星のようだわ。この人造の次元世界<パラダイム>自体が、老いぼれの巨大なカンオケってわけね」

 龍態のクラウディアーナと死怪幽魚<ネクロリウム>は、密着状態で組みつきあいとなる。『淫魔』は、ミナズキに肩を貸し、乱戦に巻きこまれぬよう距離をとる。

 シルヴィアは、浮遊怪魚に駆け寄りながら、オートマティックピストルを連射する。バケモノは動じることなく、けがれた牙を龍の首筋に突き立てる。

『さて……小娘どものほうは、おおむね良し。げぼ、げぼお!』

 自らの巨体に取り込んだメインリアクターから、赤いエネルギーを全身に巡りわたらせたオワシ社長は、倒れ伏したままのアサイラへと向き直る。

 巨躯の右手に青年の大剣を握りしめたまま、老体は悠然と歩を進めていく。『淫魔』は、オワシ社長の動きを察知する。

『若造……貴様には、今回の莫大な損失の穴埋めをしてもらうぞ……』

「アサイラ、立つのだわ! 早く、逃げなさい……殺されるわよ!!」

 悲鳴に似た『淫魔』の叫び声が、社長室に響く。アサイラは、わずかに身じろぎしただけで、起きあがる気配はない。耳に届いているのかすら、定かではない。

『げぼ……安心せい、命を取りまではせぬわ。ただし、抵抗できぬように四肢を削ぐ。まずは、右腕から……』

「アサイラ──ッ!!」

──ドジュウッ。

 燃焼音が、『淫魔』の絶叫をかき消した。薄暗い空間を、紅蓮の直線が横切る。オワシ社長が、違和感に気がつき、巨躯の右手を確かめる。

 巨人の手首から先が、ない。赤熱によって、切断されている。ごとり、と音を立てて、右手が大剣を握ったまま床に落下する。

「さもりあなん。そいつは、アサイラの旦那の剣なのよな」

 熱線の発射地点には、着流しの女鍛冶──リンカが、炎をまとった刀を片手に立っている。足元には、不自然なほどに真円の穴が開いている。

 リンカは、社長室で繰り広げられる鉄火場を睥睨する。いま、自分がなにをすべきか、判断する。

「我は炉、刀は炎、槌持ち打ち鍛えるは──」

 灼眼の女のかまえる刀にまとう焔が、ごう、と勢いを増す。巻きあがる猛火は、使い手の頭上で巨大な人影を形作っていく。

「──龍剣解放、『炉座明王<ろざみょうおう>』」

 巨大な槌を持つ炎の魔人が、リンカの眼前に現出する。刀の持ち主の意志に応じて、燃えさかる大入道は、龍を喰い殺さんとする浮遊怪魚に迫る。

「打ち据えろ! 『炉座明王<ろざみょうおう>』ッ!!」

 リンカが、咆哮する。赤熱する大槌が、巨大怪魚の横っ面を叩きつける。火炎魔人は、そのまま『死怪幽魚<ネクロリウム>』に組みつく。

 死霊の集合体は炎熱にのたうつと、大顎を開き、燃えさかる邪魔者の頭を噛み砕く。

 あっけなく怪魚に呑みこまれて、『炉座明王<ろざみょう>』は消滅する。分身を打ち破られたフィードバックで、リンカはよろめき、その場にひざをつく。

『充分ですわ、感謝します……ッ!』

 クラウディアーナは、わずか数秒の猶予を得て、龍態の頭部を直上に向ける。魔力を収束し、閃光の吐息<ブレス>を天井に向けて放つ。

『カア──ッ!!』

 白銀の輝きが、社長室の上部にほとばしり、一同の視界をくらませる。やがて、光が晴れて、ドーム状の天井の状況があきらかになる。

「だめだわ……穴が開くどころか、傷ひとつついていない……」

『ッシャア! 愚か者の小娘どもが……本社外郭は、もっとも強固に造られておる。儂が全力で暴れても、壊れはせんわ……げぼォ! げぼおッ!!』

 固唾を呑んで凝視していた『淫魔』は、力なくつぶやく。オワシ社長が、勝ち誇る。『死怪幽魚<ネクロリウム>』は、ふたたび龍皇女へと向きなおる。

「……穴を、開ければいいのね?」

 どこからか、場違いに朗らかな少女の声が聞こえてくる。リンカのかたわらに開いた陥井のなかから、フリルとリボンのドレスに身を包んだ少女が飛び出してくる。

「だったら、メロにお任せなのね!!」

 可愛らしい衣装に身を包んだ魔法少女は、右手に握った一輪のフラフープを上方に放り投げる。回転しながらリングは上昇し、ガラス張りの天井に張りつく。

 フラフープの内縁側には、社長室と外部の虚無空間をつなぐ亜空間のトンネルが形成される。浮遊怪魚は、目に見えてうろたえた。

【放逐】

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