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【第2部25章】陳情院議長暗殺計画 (4/8)【追駆】

【目次】

【議長】

「逃がしはしないのだな……ッ!」

 狭苦しいステージ裏を、シルヴィアは駆ける。クリアリングしている余力はないが、撮影機材の影に人が隠れている気配はない。念のため、走りながら足裏に『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』をしかけていく。

 数秒とせずに、案の定、背後から盛大な物音が聞こえてくる。狼身の獣人娘を追いかけようとした撮影スタッフが『固着』され、後ろから追突され、転倒したのだろう。

 陳情院議長の姿が見えなくなってから、耳障りな高周波音は消え、クリアな思考と五感が戻ってくる。シルヴィアは、足元に転がる障害物を飛び越えつつ、先を急ぐ。

 獣人娘の心身の異常、放送スタッフの突然の凶行、ターゲットである男の背から生えた肢翼……これらは、すべて関連性があると考えるのが妥当だ。

「やはり、あのいやな音は……とにかく、これで、しばらく後ろからの追っ手は心配ない。いまは、追跡を優先だな……」

 シルヴィアは、メインスタジオ裏手の細い通路に出る。すでに陳情院議長の姿はない。獣人娘は、文字通り狼のように四つん這いとなると、鼻をひくつかせる。

 上流階級のたしなみか、はたまた単なる酔狂か、あの男は独特のフレーバーの香水をつけていた。シルヴィアの獣の嗅覚が、残り香を捉え、己の追跡方向が正しいことを確かめる。

 臭いの残滓を頼りに、獣人娘は四足歩行の獣のごとき姿で、迷うことなく通路を駆ける。やがて登りの階段に突き当たる。

 事前に頭のなかに叩きこんだビルの内部構造図によれば、この先は屋上につながっているはずだ。シルヴィアは、一気に駆けのぼる。

──バタバタバタ……ッ!

 鉄製の扉を肩からの体当たりで突きやぶると、大型軍用ヘリのローターの回転するけたたましい音が聞こえてくる。頭上の狼耳をたたみつつ、獣人娘は舌打ちする。襲撃と脱出を見越して、周到に用意していたものか。

 カゲロウのような薄羽を振るわせる男の背が、スライドドアから機体のなかへと消えていく。同時に護衛の兵士が2名、シルヴィアに向かってアサルトライフルを構える。

「……あぐッ!?」

 狼耳の獣人娘は、とっさにうしろへ向かって倒れこむ。目と鼻の先に、大口径のフルオート射撃の火線が走り、放送局の内壁に無数の銃痕をうがつ。

 陳情院議長の乗りこんだ武装ヘリ付きの護衛兵たちは、塔屋のドアに向かって容赦なく銃弾の雨を浴びせ続ける。シルヴィアは階段に身を伏せると、利き手に握ったサブマシンガンで狙いもつけず、でたらめに撃ちかえす。

 右手の軽機関銃の弾倉は、相手よりも先に空になる。狼耳の獣人娘はサブマシンガンを投げ捨てると、床に転がしたウェポンラックの内部を漁り、折りたたまれたスナイパーライフルを引っ張り出す。

 やがて、敵兵の側もアサルトライフルに装填された全弾を撃ち尽くし、一瞬だけ銃弾の嵐が止まる。歴戦の戦士であるシルヴィアは、その隙をついて素早く狙撃銃を組み立て、スコープをのぞくことなく即座に照準をあわせる。

──タンッ、タンッ!

 わずかな間を置いて、2発の鋭い銃声が屋上に響く。ほぼ同時に、アサルトライフルの弾倉を交換していた兵士たちの頭部が消滅する。

「ちい……ッ!」

 それでも舌打ちをしたのは、シルヴィアのほうだった。軍用ヘリが、ゆっくりと屋上から離陸していく。獣人娘は立ちあがり、苦し紛れにスナイパーライフルを鋼鉄の猛禽の下腹へと発砲する。銃弾は、ぶ厚い装甲にむなしくはじかれる。

「……動くな、侵入者! 武器を捨てろ!!」

 ビルのなか、背後の階下から張りあげられる新たな声が響く。放送局ビル内に残っていた警備兵たちだ。議長が呼びせたか、あるいは自力で異常に気づいたか。狼耳の獣人娘を排除しようと、階段に足をかける。

「前門の虎、後門の狼ってヤツだな……まあ、狼はこちらだが。ついでに、備えあれば憂いなし、とも言う」

 シルヴィアは、冷静な声音で独りごちる。サブマシンガンを携え、階段を駆けのぼる警備兵の歩みが急停止する。念のためセットしておいた『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』が、相手の足を捕らえた。

 ビル内からの追っ手がまごつき、混乱しているあいだに、狼耳の獣人娘は冷静に拳銃を引き抜くと、立て続けにトリガーを絞り1発の無駄弾もなく眉間を撃ち抜いていく。

 警備兵たちの声が静まり、壁と階段には赤い染みが広がり、鮮血と硝煙の臭いがたちこめる。とりあえず、敵の後続の第一波はしのいだ。

 だが、敵兵を足止めする『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』は、一度、なにかを『固着』すれば消滅する。そして、セットしたぶんは、いまの交戦で使い切った。

 これだけ派手に暴れれば、ビル内部はおろか、都市中の帝国兵に気づかれる。ナオミが陽動しているとはいえ、すぐにこちらにも次の増援が駆けつけるだろう。

 悠長にトラップを設置しなおしている猶予など、いまのシルヴィアには与えられてない。そもそも、陳情院議長の乗った軍用ヘリに逃げられれば、元のもくあみだ。

「それでも……攻めているのは、こちらだ。早急に、ターゲットをしとめなければ……だな」

 シルヴィアは、ウェポンラックを引きずりながら、ビルの屋上へと一歩、踏み出す。目を細め、顔をあげる。戦闘ヘリが、狼耳の獣人娘に向かって鼻面を向けている。

 敵機の予想外の動きをまえにして、狼耳の獣人娘はしかめ面を浮かべる。鋼鉄の猛禽は放送局ビルの屋上に向かって、2本の空対地ミサイルを発射した。

【屋上】

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