191031逆噴射小説大賞_本能寺炎上2019

本能寺炎上2019

 ことの発端は、五百年ほど過去に遡る。日本人ならば誰もが知っている『本能寺の変』、その闇に隠された歴史の真相が、すべての始まりだった。

 天下統一を目前にした英傑、織田信長に対して、家臣筆頭の明智光秀が謀反を起こし、殺害した。しかし、その仔細ははっきりとせず、諸説ある。

 当然だ。南蛮から渡来した外法に手を染めた織田信長が、永遠の命を求めて吸血鬼と化すことを企み、それを明智光秀が阻止した……などという妄言、誰が信じようか。

 本能寺において、織田信長の野望は頓挫した。主君の過ちを正そうとした明智光秀もまた重傷を負い、逆臣の汚名とともに命を落とした。

 なにより第六天魔王の魂を完全に消滅させることは叶わなかった。

 織田信長の復活と再来を予期した明智光秀は、主君を屠った技と知識を自らの子孫に伝承するよう遺言を記した。


 そして、時は2019年。ついにそのときが来た。いままさに第六天魔王が現世へ再臨しようとしている。


「遅きに失した──」

 眼下に広がる惨状を見おろしながら、男はつぶやく。彼が立つのは、大規模な爆発に巻き込まれたかのごとくひしゃげ、傾いたビルのうえだ。

 すでに市内の三分の二が紅蓮の炎に呑まれ、空は紫電の稲妻が走る黒雲におおわれ、まるでこの世の終焉を告げるがごとき光景が広がっている。

 火を噴く建物の狭間を、亡者のように屍食鬼が徘徊している。生存者はすでに退避済みだが、被害は甚大と言わざる得ない。

 男は少しだけ顔をあげて、炎上の中心へと視線を向ける。禍々しい漆黒の焔が竜巻のごとく燃えあがるのは、本能寺……正確には、旧本能寺跡地だ。

 男は、傍らに止めていたハーレーダビッドソンにまたがる。

 鉄馬を走らせ、ビルの壁面を駆け下りつつ、腰に差した鞘から破邪の刀剣『倶利伽羅江』を抜き放つ。

 はためくロングコートの背には、桔梗紋。

 彼こそが、第十八代明智光秀──当代のヴァンパイアハンターである。

【続く】

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