200126パラダイムシフターnote用ヘッダ第12章06節

【第12章】龍たちは、蒼穹に舞う (6/12)【暴虐】

【目次】

【先駆】

『シュー、シュー、シュー……』

 焼け焦げた岩のような肌を持つ巨龍の鼻から、間欠泉のごとき吐息が、不機嫌そうにこぼれる。巨体のドラゴンは、わずらわしそうに上空を見あげる。

 森の上空で、それぞれ、赤、青、緑の鱗を持った三頭のドラゴンが、巨龍の行く手を遮るように前方に回りこみ、敵意に満ちた視線を向けている。

 巨体のドラゴンの背に立つ、魔術師ギルドのローブを目深にかぶった男は敵対者を確かめたあと、足元の騎龍に視線を向ける。

「数に任せれば、どうにかなろう、という浅はかな考え……脳のない連中が思いつきそうな策ダナ。手前の助力はいるか?」

『……いらん』

「あの乗り手たち……北方で『龍狩り』を達成し、名をあげた冒険者の一団ダナ。相手にも、それなりの自信があると見るが?」

『くどいぞ……』

「グゲラグゲラ! なら、好きにするといいのダナ。暴虐龍、ヴラガーン」

 巨龍と乗り手が、回りくどい会話を交わしているうちに、三組のドラゴンと冒険者たちは、臨戦態勢を整える。

 高度を確保した青龍の乗り手が、手にした弓に数本の矢をまとめてつがえる。数多の矢尻が、巨体のドラゴンの背に向けて、雨のように降り注ぐ。

 一射目が目標に届くころには、すでに二射目の矢の群が弓より放たれる。無数の矢先が、間断なく巨龍へと射かけられる。

 見れば、青龍の胴体にはいくつもの矢筒がくくりつけられ、軍団の一部隊が使うほどの矢が用意されている。

 もっとも、ありふれた鉄鏃がいくら降り注ごうとも、巨体のドラゴンにとっては小石がぶつかる程度の衝撃に等しい。

 問題は、乗り手のほうだ。巨龍の背に立つ男は、身にまとっていた防御の魔法<マギア>のかかったローブを脱ぎ、右手で振り回して矢をはじく。

「ヴラガーン! 貴君は平気かもしれないが、少しは手前のことも気遣って欲しいものダナ……むむ!?」

 長く伸ばし、後頭部で一本にまとめた髪を馬の尾のように揺らしながら、乗り手の男がわめく。男と巨龍の上空では、青いドラゴンの口元から電光があふれる。

──ズガアァンッ!

 次の瞬間、青龍ののどから紫電の吐息<ブレス>が放たれる。魔術師の男は、とっさに左手を掲げ、防壁の魔法<マギア>を展開する。

 もちろん、防壁は、男が自分の身を守るぶんだけだ。回避困難の広域の電撃にさらされた巨体のドラゴンは、わずらわしそうに身をよじる。

 その間も、嫌がらせのように、乗り手の弓から間隙なく矢が射かけられる。

「ヴラガーンッ!?」

『……自分の身も守れない者を、背中に乗せた覚えはないぞ』

「そうではないのダナ!」

 魔術師の視線の先は、青龍のさらに後方、緑色の鱗のドラゴンだ。その背には、杖を手にした初老の男が、妙に長い呪文を詠唱している。

 緑龍の乗り手が、地面に向かって杖をかざす。巨龍を中心とした眼下の森一帯に、広く魔力が走りわたる。

 すると、森の樹木が急速に伸張を始める。樹の幹は、ぐねぐねと生長しながら、よりあわさり、巨体のドラゴンへと向かってくる。

『く……ぐッ』

 巨龍が、うめく。不自然に伸びた樹の幹が、胴体にからみつき、空中に拘束する。

「儀式魔術なら、いざ知らず。人間の魔力では、これほどの魔法<マギア>の行使は不可能ダナ……魔力は龍から供給して、乗り手は詠唱に専念したか」

 白髪の男は、なおも降り注ぐ矢をローブで打ち払いながら、相手の術を分析する。

 魔法<マギア>で操られた樹木の鎖が、巨体のドラゴンを地面に引きずりおろそうとする。大きく翼を羽ばたかせ、巨龍は抵抗する。

 巨体のドラゴンの右手側から、弧のような軌道を描きつつ、もう一体のドラゴンが高速で接近してくる。燃えるような赤い鱗の龍だ。

 赤いドラゴンは、巨龍に近づくにつれて、さらに速度を増す。乗り手は、自分の身長の倍はある無骨な大剣を、かつぐようにかまえる。

「暴虐龍、討ち取ったり──ッ!」

 大剣をかまえた男の、雄叫びが聞こえる。巨龍の首を両断せん、と四肢に力をこめる剣士の下で、赤龍ののどの奥に燃える灼熱の焔が見える。

 巨体のドラゴンは、瞳を見開き、心底うんざりした様子で、同時攻撃を仕掛けようとする赤いドラゴンと乗り手の剣士を見やる。刹那──

──ドゴオォンッ!

 赤龍の腹部が、爆発する。赤いドラゴンは、炎の代わりに血を吐き出す。乗り手の剣士は、衝撃で木の葉のように宙に舞う。赤龍は、力なく森へと落下していく。

「グゲラグゲラ! 叡智は無情にて」

 白髪の魔術師は、樹冠に沈む赤龍を目を細めて見つめ、満足げにつぶやく。

 空中で動きを制限された巨龍が、不満げな視線で、自身の乗り手が立つ背中をにらみつける。白髪の魔術師は、にやり、と口角を歪める。

「よけいなお世話、とでも言いたげダナ? 手前も、試し撃ちをしておきたくてね」

『……ふん』

 巨龍は、あらためて上空を見あげる。獰猛な視線が、己の自由を制限する小癪な魔術の使い手を捉える。巨体のドラゴンは、思い切り、息を吸う。

『ドウ──ッ!』

 大砲が放たれるような音を立てて、肺腑で極限まで圧縮された空気が、巨龍ののどから放たれる。

 巨体のドラゴンが撃ち出したのは、多くのドラゴンが操る炎や雷のような魔力を帯びた吐息<ブレス>ではない、ただの呼気だ。

 だが、圧倒的な体躯と代謝で圧縮された空気の玉は、それだけで凶器となる。衝撃波の弾丸とも言うべき呼気が、後衛の緑龍に命中する。

──バンッ。

 乾いた音を立てて、緑色のドラゴンが乗り手ごと破裂する。魔術の使い手が死亡し、樹木の拘束がゆるむ。巨龍の瞳が、残された標的──青龍を見据える。

 巨体のドラゴンが身をよじると、樹の鎖はいともあっさりと引きちぎられる。上空から断続的に続いていた、矢の攻撃が止まる。

「……逃げッ」

 乗り手の射手が促すまま、青いドラゴンは身を翻そうとする。次の瞬間には、すでに巨龍が至近距離まで肉薄している。

 巨体のドラゴンは、無造作に前腕を振るう。それだけで、ドウッ、と暴風の吹き荒むような音が鳴り響く。蒼穹の下で、鮮血の飛沫が舞う。

 青いドラゴンの首と胴体は両断され、そのまま、森へ向かって落下していく。乗り手もまた同様だ。

 巨龍の背で、白髪の魔術師が調子外れの拍手をたたく。血走った瞳をぐるぐると回転させながら、巨体のドラゴンは荒い息をつく。

『殺したりんぞ……オレの獲物を、ウヌが横取りするからだ』

「手前のせい、だと? ならば、好きなだけ埋め合わせをしていけばいい。他のドラゴンを皆殺しにすれば、最終的には貴君の優勝ダナ」

 乗り手の言葉を聞いてか聞かずか、巨龍──ヴラガーンは、空中戦を繰り広げる他のドラゴンたちのもとへと飛翔する。

 白髪の魔術師──ウェル・テクスは、暴虐龍のなすままに任せた。

───────────────

『あの渓谷地帯全体が、次のチェックポイントなのですよ。入り口から出口まで、崖のあいだを跳び続けなければ、失格となります』

 森林地帯の上空を抜けたアリアーナが、アサイラに告げる。争いに躍起となる龍たちを後目に、側近龍は一気に速度をあげて、抜き去った。

「いま、先頭か?」

『おそらくは。すべての龍の動向を、把握できているわけではありませんが』

「アリアーナは、前方に集中してくれ。後方は、俺が警戒する」

『助かります。アサイラさま』

 灰色の龍態のアリアーナは、低空飛行を維持したまま、断崖の回廊へと突入する。アサイラは目を細めて、一瞬だけ絶壁のうえへと視線を向けた。

【妨害】

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